ピンチになっても、つねに堂々とした自信満々の表情と態度を維持し、「モチベーションを上げて、この事態を全員で乗り切ろう!」と言い切るリーダーにだけ、メンバーはついていく。
打率も得点もセ最下位の
貧打線の穴を落合が埋める?
落合(博満)の打棒は落ちたとか、
獲得しても意味がないとかいう声もありますが、
私が落合に来てもらったのはほかでもありません。
あのリーダーシップ、存在感。(中略)
打撃のほうは、打率2割8分、ホームラン15本も
打ってくれたら十分です。
獲得しても意味がないとかいう声もありますが、
私が落合に来てもらったのはほかでもありません。
あのリーダーシップ、存在感。(中略)
打撃のほうは、打率2割8分、ホームラン15本も
打ってくれたら十分です。
(『長嶋茂雄 永遠伝説』)
――1994年シーズンに巨人に移籍した落合博満について語った言葉
第2期監督時代2年目の1993年シーズン後、長嶋は落合博満の獲得に動き、落合も長嶋の入団要請を受け入れ、巨人に入団を決意。入団記者会見で、落合はこう語った。
「オレは長嶋さんを必ず男にする。約束して巨人に入った。それが果たせなかったら、オレは孫の代まで恥を抱えることになる」(『長嶋茂雄 永遠伝説』)
そして、1994年シーズンで長嶋巨人は見事に自身3度目のセ・リーグ制覇と悲願の日本一を成し遂げた。
なぜ、落合の獲得に巨人は動いたのか。このことについて、長嶋はこう語っている。
「私は試合中、ベンチからそうしばしば出るわけにいきません。落合が1塁の守備位置に立っていれば、もうひとりの監督がそこにいるようなものです。これが何より、大きいのです」(『長嶋茂雄 永遠伝説』)
リーダーのいちばん大事な仕事は、メンバーを管理することでも、メンバーに命令することでもない。リーダーのいちばん大事な仕事は、自分の分身となる人間をつくることにある。
落合というすぐれた分身を得たことが、この年の巨人の大成功の大きな要因だったことはいうまでもない。
松井秀喜を一流選手にした
長嶋流の育成方法
初仕事は11月のドラフトでした。
夏の甲子園で5連続敬遠で話題を独占した
松井(秀喜・星稜高)が目玉でした。
当然1位指名で取りにいったんですが、
中日、阪神、ダイエー(現ソフトバンク)と4球団競合でしょ。
くじの箱に手を入れたら、ふーっと暖かい風を感じたんですよ。
運命ですかね、引き当てました。
夏の甲子園で5連続敬遠で話題を独占した
松井(秀喜・星稜高)が目玉でした。
当然1位指名で取りにいったんですが、
中日、阪神、ダイエー(現ソフトバンク)と4球団競合でしょ。
くじの箱に手を入れたら、ふーっと暖かい風を感じたんですよ。
運命ですかね、引き当てました。
(『完全保存版 長嶋茂雄 不滅の「背番号3」』)
――巨人監督に復帰したあとに語った言葉







