積水ハウスからの学び
思想を“使える形”に落とし込む「深さ」

 積水ハウスでデザイン設計部を率いる矢野直子さんは、社長から「積水ハウスらしさ」を定義するデザイン思想をつくるというミッションを託された。これは、ものづくり企業としての価値の根幹を、改めて言語化する試みである。

 その思想を、矢野さんは「life knit design」という言葉で表現した。人々の暮らしを「編む(knit)」ことを、積水ハウスのものづくりの本質と捉え、住む人の「感性」や「想い」を丁寧に編み込んでいく。その結果として、暮らすほどに愛着が深まる住まいを実現するという考え方である。住宅の価値は「性能」だけで決まるわけではないというメッセージも、そこに込められている。

 もっとも、思想は掲げただけでは組織に根付かない。「life knit design」という思想は、抽象度が高いが故に現場に浸透しにくいという側面も抱えていた。そこで矢野さんが取り組んだのが、その思想を具体的な形で伝えるためのデザイン提案ツールの開発だった。そのツールによって、顧客の「感性」や「想い」をどのように住まいに編み込んでいくのか、具体的に示せるようになった。

 思想を語るだけでなく、使える道具として実装する――矢野さんの一連の取り組みに、デザインのプロフェッショナルとしての「深さ」が表れていると、私は感じた。

ソニーからの学び
主体性を持って、デザインの射程を拡張する「深さ」

 石井大輔さんは、ソニーのデザインとブランドの両面を統括する立場として、事実上CDOの役割を担っている。石井さんの本職もプロダクトデザイナーだが、現在ではクリエイティブセンターというデザイン部門のセンター長として、グループ企業のパーパス、コミュニケーション、ブランドムービー、ウェブサイト、オフィス、地域社会との関係など多岐にわたるデザインを手掛けている。

「クリエイティブセンターの役割は、年々拡張している」と石井さんは語る。「デザインのソニー」において、その動きが進んでいるということは、デザインの「深さ」が、単一のアウトプットの完成度にとどまらず、企業活動全体へと掘り進められているということでもある。

 その「深さ」は、クリエイティブセンターの主体性にも表れている。デザイン部門は一般に、社内からの依頼に応じてアウトプットを提供する受動的な役割に置かれがちだ。しかし、ソニーのクリエイティブセンターは、経営陣や社内に向けて「デザインによって何ができるか」を自ら発信し、その存在感を高めている。

 こうした姿勢を支えているのが、インハウスデザイン部門であることの強みだ。経営や他部門とデザインの価値を共有しながら、デザインの可能性を組織の内側から掘り下げていくことができる。その環境があってこそ、デザインの深度を継続的に深めていくことができるのだと、石井さんとの対話を通じて実感した。

富士フイルムからの学び
アウトプットによって、経営と対話する「深さ」

 富士フイルムでは、全社員の名刺に本人の笑顔の写真が大きくあしらわれている。これは、自分たちが社会に提供できる最大の価値を「笑顔」と捉え、それを具体的な形で示そうというデザインサイドからの提案によって実現したものだ。企業のビジョンやパーパスは言葉だけで語ることもできる。しかし、それを誰もが実感できるアウトプットとして提示できる点に、デザインの力がある。

 その力は、経営層とのコミュニケーションにおいても発揮される。同社の執行役員でデザインセンター長を務める堀切和久さんは、「経営層にもデザインのことをちゃんと知ってもらいたい。それならモノを見せながら話した方が伝わりやすい。思い返せば、経営層との対話はそんな感じでずっと続けてきました」と語る。

 堀切さんはまた、外部のデザイン賞を受賞することが、社内にデザインの価値を浸透させるきっかけになることもあると指摘する。第三者の評価が、デザインへの信頼感や納得感の向上につながるということだ。
デザインに「深さ」があっても、それを理解してもらうためにはさまざまな努力と工夫が必要である。そんなことを私は、堀切さんとの対話で学ぶことができた。