ただ、スマートフォンや医薬品など主要な輸出製品が対象外となっていることから、これまでのところ輸出への影響は限定的である。通貨に作用したのは貿易の変化というより、不確実性がもたらすリスクプレミアムの上昇である。交渉停滞は企業の投資判断を慎重化させ、海外投資家の投資資金のフローの減少を通じてルピー需給を弱めた。

 また、同時期に米国側の制度変更が重なり、外貨送金フローの減少のリスクが意識されやすくなったことも、ルピー安を加速させた。インドの国際収支は、巨額の財貿易赤字を、ITを中心とするサービス貿易黒字と海外からの送金が補完する構造であり、海外送金は通貨安圧力の緩衝材になっている。

 2025年7月に成立した「One Big, Beautiful Bill Act(OBBBA)」では、2026年1月以降の一定の海外送金に対し1%の課税負担を盛り込んだ。対象は主に、現金で送金事業者を使用するケースで、銀行口座を持たない外国人労働者からの送金が減少する懸念をもたらした。

 また、トランプ政権は2025年9月、H-1Bの新規申請に10万ドルの追加負担を課す措置を打ち出したことも悪材料となった。H-1Bは高度人材向け就労ビザで、2024会計年度のH-1B承認案件のうちインド生まれの比率は71%に達している。利用者の中心はIT・エンジニア職種であり、制度変更によるインド人高度人材の対米就労の中期的な減少懸念がルピー安につながった。

インフレで経済成長に
ブレーキがかかるリスク

 ルピーの下落は、インフレ圧力を高め成長の持続性を揺るがしかねない。足元のインフレは表面的には安定している。2025年12月の消費者物価上昇率は前年比1.3%と、中央銀行の目標レンジ(2-6%)の下限を下回った。しかし、この低インフレは、一時的な好条件が重なった結果に過ぎない。

 具体的には、前年の食料価格高騰の反動(ベース効果)、世界的な原油価格の下落、そして財・サービス税の税率変更に伴う一時的な押し下げ効果によるものである。消費者物価のうち食料・エネルギーを除いたコア指数は、需要の回復を背景に徐々に上向いており、2025年12月時点で前年比4.6%となっている。