エージェント不信につながりかねない
「なんでもエージェント化」の危険性
AIエージェントという言葉は現在、本来の定義を超えて使われ始めています。では「動いているように見えるAI」を軒並み「AIエージェント」と呼ぶことが、なぜそんなに問題になるのでしょうか。
米調査会社ガートナーは、「エージェント」という言葉が流行するあまり、本来は違う性質の仕組みもエージェントというようになってしまった状況を「エージェント・ウオッシング(Agent Washing)」と呼び、注意を促しています。言葉が曖昧になると、エージェントへの期待も曖昧になり、設計や判断の軸がぶれていきます。
特に問題なのは、「動いているように見える」ことと「自律的に動いている」ことが混同されやすい点です。前者の仕組みは、人間が与えた指示やルールに従って処理をしているに過ぎません。一方、後者は、目的を手がかりに状況を判断し、次の行動を選び続けようとします。この2つは似ているようで、設計上はまったく別物です。
にもかかわらず、現場では「動いている」という印象だけで、導入や採用の判断が進みがちです。その結果、エージェントに対して過剰な期待が寄せられ、できるはずのないことまで任せようとしてしまうのです。そして期待が裏切られたときには、「エージェントは使えない」という評価が一気に広がります。これは、かつてAIが取り入れられ始めた黎明期から、近年の生成AIまで、何度も繰り返されてきた光景です。
さらに厄介なのは、この流れが、組織の中で静かに進行する点です。便利なツールが現場で次々と使われること自体は悪いことではありません。しかし、それらが何を前提に、どこまでの判断を任されているのかが整理されないまま増えていくと、組織全体としての見通しは失われていきます。どこにどんなエージェントが存在し、何を任せてよいのか分からないといった状態が生まれかねません。
AIエージェントという言葉が軽く使われるようになるほど、本来は長い時間軸で考えるべきテーマが、目先の効率化や話題性の中に埋もれていきます。そしてそれは、エージェントという概念そのものへの不信感につながるリスクをはらんでいます。だからこそ「なんでもエージェント化」する流れには今、一度立ち止まって向き合う必要があるのです。







