このように本質的な痛みと向き合うことを避けると、何が起きるでしょうか。それが第三の問題、社内版の「エージェント・ウオッシング」とでも言うべき現象です。本来ならベンダーが自社製品を過大に見せたくて起きている状況が、組織内部でも静かに、しかし確実に進行します。
現場の抵抗や雇用の問題といったドロドロした現実から目を背け、「我が社もエージェント活用を進める」という号令だけがかかるとき、目標は最も安易な形に落とし込まれます。「今年度中にエージェントを〇〇個作成する」という数値目標、いわゆるKPIハックです。
こうなると話は簡単です。現場は、誰も使わないような無意味なボットを量産し、管理職はそれを「成果」として報告する。中身のない数字だけが積み上がり、真の課題解決などどこかへ置き去りにされる。それはもはや業務改善ではなく、「エージェントを作ったことにする」だけのアリバイ工作に過ぎません。
エージェントを組織に組み込むということは、単に便利なツールを入れることではありません。仕事の定義を変え、人の役割を剥ぎ取り、組織の形そのものを壊して作り直す覚悟が問われる行為です。その痛みに向き合うことなく、ただ「はやっているから」と“なんちゃってエージェント化”に飛びつけば、待っているのは現場の疲弊と、数字遊びの虚しさだけでしょう。
痛みと矛盾を乗り越えてでも
エージェント化を目指す理由
このような組織の痛みや矛盾を乗り越えてでも、本来の意味でのエージェント化を目指す理由はあります。なぜ、組織にエージェント化の必要があるのでしょうか。
その答えは、「効率化」のような小さな話ではありません。これは人間側が「AIに対するマインドセット」を根本から変えられるかどうか、その試金石なのです。
多くの人は、AIを「魔法の杖」や「便利な道具」だと考えています。完璧な答えを出し、言われた通りに動くことを期待しています。しかし、この「道具として使い倒す」という発想こそが、AIの進化を、そして私たちの生産性を頭打ちにしている最大の要因です。
どれだけ高性能なAIでも、人間が逐一指示を出さなければ動けないなら、結局は「人間の指示出し能力」が成果の上限(ボトルネック)になります。人間が気づかないリスクを予見することや、人間が思いもよらない解決策には、永遠にたどり着けません。







