えせ“エージェント化”が突きつける
組織の3つの矛盾
連日のように目にする、「社内エージェントを100個開発」「既存業務をエージェントで完全自動化」といった威勢のよいプレスリリース。メディアもそれを「AI活用の最先端」などともてはやします。
しかし、こうした一時のバズ(流行)に踊らされてはいけません。その華々しい宣言の裏側に一歩踏み込めば、そこには技術論よりもはるかに根深い、組織構造上の矛盾が口を開けて待っています。きれいごとのDX論では語られない、残酷な現実です。
第一に、根本的な利益相反の問題です。エージェントによって人間の仕事が置き換えられる未来が見えているとき、その導入を「置き換えられる可能性のある担当者」自身が推進することは、本当に可能なのでしょうか。
「このエージェントを育てれば、あなたの仕事は半分になります」。そう言われて、喜んで自分のノウハウをAIに教え込み、自らの価値を切り崩すような「自殺行為」に手を染める社員がどれだけいるでしょうか。表向きは協力するふりをして、核心部分は教えない。あるいは、わざと複雑なフローを残して「やはり人でないと無理です」と結論づける。組織の防衛本能として、現場では無意識のサボタージュが始まります。
第二に、仮に現場が善意で動き、仕事が半減したとしましょう。そのとき組織は、浮いた人材をどう処遇するのか、具体的なプランを持っているのでしょうか。
組織の最適化だけを考えれば、不要になった人員は配置転換するか、あるいは解雇してコストを下げるのが正解です。しかし、流動性の低い日本の雇用慣行において、ドラスティックな人員整理は容易ではありません。
残された道は「リスキリング」によって、人間にしかできない高度な業務にシフトしてもらうことかもしれません。しかし「動画を数時間見れば終わり」といった、多くの日本企業で行われている生ぬるいリスキリングで、AIに代替できない価値を生む人材が育つとは到底思えません。結果として、仕事だけが奪われ、付加価値の低い業務にしがみつくしかない「元・担当者」たちが社内にあふれかえることになります。







