火の消し忘れによる火事や、高齢者が運転する車の事故の背景も、「ワーキングメモリが機能していない可能性がある」と苧阪氏。

「『牛乳を買いに行ったのに、何を買うのか忘れた』などという例も、記憶の低下ではなくワーキングメモリの衰えが原因だと思います。買い物に行く途中で、たとえ友達に会って話し込むことがあっても、必要なことは覚えていることが重要なのです」

文全体は記憶できるのに
一部の単語だけをうまく取り出せない

 苧阪教授が長年実施してきた「リーディングスパンテスト」は、加齢とともに衰える脳機能をわかりやすく示している。

 リーディングスパンテストとは、「私はの咲く4月が好きです」などという一文が画面に表示され、参加者はその一文を読み上げつつ、下線部の単語(この文では「桜」)を記憶する。文の数は2文から5文まで増えていくが、いずれも終わった後に下線部の単語だけを最初から順に答えるというテストだ。

「80歳を超えていても、『桜』『牛乳』『川』など単語を記憶するテストなら覚えて答えられるんです。しかし、このリーディングスパンテストになるとダメになってしまう。下線部は『桜』なのに違う単語を報告したり、下線部だけ答えてくださいと言っているのに全文丸ごと答えるなどの間違いが非常に多いんです」

記憶力が衰えたのではなく
「取捨選択の働き」が低下している

 文全体を記憶することはできるのに、ターゲットとなる下線部の単語だけをうまく取り出せない。それは、下線部にスポットライトを当てて記憶し、ほかの不要な単語を抑制するという「取捨選択の働き」が低下しているのである。何かに注意を向ける取捨選択力も、ワーキングメモリの機能の一つだ。

「3歳から4歳くらいの子どもたちにも、リーディングスパンテストとよく似たリスニングスパンテスト(一文を聞き、先頭の単語だけ答える)を行うのですが、やはり多くの子がうまくできません。この年齢の子どもたちは、高齢者と同じように文の全体を報告しがちなのです」

「しかし小学校に入学するころには多くの子どもたちが、先頭の単語だけを報告することができるようになります。高齢者の場合はその逆で、記憶することよりも先に取捨選択の力が衰えるんです。そして物忘れが起きます」

 それでは何をすれば、ワーキングメモリの働きが維持できるのか。

効果的な日常行為は3つある
一つ目は「読書」

 効果的な日常の行為が3つある。

 一つ目は「読書」だ。

「登場人物の設定を頭にとどめつつ、結末を予想しながら読む読書は、ワーキングメモリをフル活用しています」