構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく

「生産性が上がらない」本当の理由。問題は現場の効率ではないPhoto: Adobe Stock

なぜ「頑張っているのに成果が出ない組織」が生まれるのか

――生産性が上がらないとき、多くの企業では「一人ひとりの効率が悪いのではないか」「現場の努力が足りないのではないか」という議論になりがちです。本当にそうなのでしょうか?

 私はそうは思いません。生産性を大きく左右しているのは、個人の効率ではなく、トップの意思決定のあり方です。

 極端な例で考えてみましょう。従業員が100人いる会社が、10個の製品を同時に開発しているとします。単純計算では、1つの製品に10人ずつが関わっている状態です。もし、そのうち実際に売れた製品が1つだけだったとしたらどうでしょうか。残り9つの製品に関わっていた90人分の時間と労力は、結果として事業成果には結びつきません。

 これは現場が怠けていたからではありません。「10個同時に進める」と決めた時点で、成果が分散しやすい構造をトップ自身がつくっていたのです。実は、多くの会社で、規模は違えど、これと似たことが起きています。

 逆に、最初から1つの製品に絞り、同じ100人分のリソースを、段階的に集中させていたらどうでしょうか。初期段階で成果の兆しが見えないものを止め、見込みのあるものに人を寄せていく。そうすれば、同じ人数でも、成果に結びつく確率は大きく変わります。

 この例が示しているのは、生産性を決めているのは「どれだけ頑張ったか」ではなく、経営が何にリソースを集中し、何をやらないと決めたか、という点です。ここに、トップの意思決定の重さがあります。

――多くの組織では、「やらなくてもいい仕事」が、大量に残っているように見えます。

 その通りだと思います。私が見てきた多くの組織でも、成果の大半はごく一部の取り組みから生まれていました。一般に「80対20の法則」と言われるように、価値の多くは限られた活動から生まれます。

 それにもかかわらず、「みんなが薄々、やらなくてもいいと分かっている仕事」が、惰性で続けられているケースは少なくありません。

 人は、一度習慣化したり、意味づけしてしまった行動をやめるのが苦手です。なんとなく開催されている定例会議や、見始めたら最後まで見てしまうドラマと同じです。

 経済学では、すでに支払ってしまい、取り戻せない時間やお金を「サンクコスト」と呼びます。本来、過去にかけたコストは、これからの判断とは無関係なはずです。

 それでも、「ここまでやったのだから」「今さらやめられない」と考えてしまう。問題は、この心理が、組織の中では個人よりもさらに強く働くことにあります。

――では、トップは「やめる」ために、何から手をつければよいのでしょうか?

 一度にすべてを解決しようとしてはいけません。おすすめなのは、仕事や事業を大きな塊で整理することです。

 たとえば、事業や業務を「大きな利益を生んでいるもの」「少し利益を生んでいるもの」「ほとんど利益を生んでいないもの」「大きな赤字になっているもの」に分けてみる。こうした区分で並べてみるだけで、「これは今すぐやめるべきだ」という対象が見えてきます。

 すべてを削ぎ落とし、利益が出ているものだけにするのが正解とは限りません。将来の芽まで摘んでしまっては意味がないからです。

 ただし、明確に成果につながっていないものからやめる。この順番を間違えないことが重要です。

「やめる決断」をトップが担うべき理由

――何かをやめるとき、現場の反発は避けられません。現場を巻き込んで合意形成をしたほうがいいのでは、という意見もあります。

 私は、やめる判断の最終局面に、現場を巻き込むべきではないと考えています。それは、やめる決断はトップの責任そのものだからです。

 現場で働いている人たちは、たとえ赤字の事業であっても、「何とか改善しよう」と日々努力しています。その人たちに「この事業をやめるべきかどうか」を判断させるのは酷な話です。自分たちが積み上げてきた仕事を、自分たちで否定しろと言っているのと同じだからです。

 だからこそ、トップが恨まれることを引き受けてでも、「やめる」と決めて断行しなければなりません。これは赤字事業に限りません。小さな会議体や慣習も同じです。

「トップがやめると決めたから、やめる」。

 この一言でいい。現場の人たちを悪者にしないことが、極めて重要です。

――それでも、やめる決断をしたはずなのに、いつの間にか元に戻ってしまう組織もあります。

 そうしたケースでは、トップ自身が自分の評価や人間関係を過度に気にしていることが多いです。やめたように見せながら、形を変えて温存する。現場に寄り添う姿勢を見せつつ、「本当はやめたくなかった」というメッセージをにじませてしまう。

 トップが「自分一人で決めた」という姿勢を示せず、外面や感情に引きずられると、組織は確実に弱くなっていきます。

 捨てる力とは、冷酷さではありません。責任を引き受ける覚悟の問題です。

トップが問い続けるべき、たった一つの質問

――生産性が上がらないと悩むトップは、何から考えるべきでしょうか。

 トップが自分に問い続けるべきなのは、「私は、自分一人で決めているのか」という問いです。決断が正しかったかどうかは、結果が出るまで分かりません。

 重要なのは、正解を当てることではなく、その時点で考え得る最善を、自分の責任で決めているかどうかです。

 トップが決めることを避け、正解探しに逃げ続ける組織は、間違いなく衰退します。正解は最初から存在しません。正解は、後から結果を見て語られるものです。

「その場の最善」を決め続けられるか。

 そして、捨てる決断を継続できるか。生産性を決めているのは、現場の効率ではなく、トップの覚悟なのだと思います。

『戦略のデザイン』では、トップが悩んだときに立ち返る視点を「10の問い」として整理しています。一つひとつの問いに向き合うことで、「何を捨てるべきか」が見えてくると思います。

――ありがとうございました。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。