本を読まなくても誰かと対話をすればよいと思うかもしれないが、近くにいる人が対話の適任者とは限らない。その点、本は選ぶことができる。

 その際、自分の考えとは違うことが書いてある本を選ぶのが望ましい。独善的になることを防ぐからである。そのような本であれば、他者と対話をしている時と同じように自分の考えを吟味でき、ひとりで考える時の限界を超えることができる。

 ただし、読んでも自分で考えなければ、読書の効果は発揮されない。自分の考えとは異なる本を読んだ時、本当にそうなのかと考えなければならない。その意見をそのまま鵜呑みにするようではいけないのである。

 もし、自分の従前の考えを否定することになったとしても、その過程でしっかりと考えてその結論に達したとすれば、新しい意見に納得したことになる。

 このように「なるほど」と安易に納得するのではなく、「そんなことないだろう」と思って読まなければならない。そうしなければ、自分にとって都合のいいところだけを読むことになってしまう。

難しい本は何回も読んで
理解しようと努力する

 本を読む時、考えないですませたい人は多い。一読して理解できなければ、もう一度読み、必要があれば前のところに戻る。しかし、そのようなことをしたくない人もいる。

 今はスマートフォンでニュースを読む人が多い。その際に、一読してわからなくても、画面をスクロールして戻すことはあまりないらしい。そのため、読んでもらうためには、わかりやすく書く必要があるようだ。

 もちろん、わかりやすく書くことは大切なことである。書き手として、内容を理解するのが容易でないことはあっても、言葉で躓くことは避けたいと思う。それでも、考えながら読まなければ、理解できないことはある。

 また、難しいからといって、そこで読み進むのをやめられる本であれば、最初から読む必要もなかったともいえる。

 ある編集者からこんな話を聞いたことがある。担当した本の原稿を読もうとしたら、一行も理解できない。その時、初めて出版社を辞めようと思った、と。