本当にこの著者がいっていることは正しいのかと考えながら読むのでなければ意味がない。とはいえ、批判したり反駁したりすることばかり考えて読むと、著者の考えを理解できないし、自分の考えも深まらない。
自分だけで考えていると、思考があちらこちらに飛んでいき、最初に考え始めたことが置き去りにされ、いつのまにかそれとはまったく違うことを考えていることがある。
抵抗感を感じる本こそ
考えるための助走になる
グライダーは空を飛ぶ時に、他の飛行機や車に牽引されて離陸し、空に舞い上がった後でワイヤーが切り離される。その後は、自力で風に任せて滑空する。考える時も、本を読んで他の人の考えを理解することから始めると、自分の考えを高いところまで連れて行ける。
ただし、読書によって高いところまでいって、ワイヤーを切り離した後は、自力で考えなければならない。高いところから滑空すれば、いわば地上を這って呻吟するよりははるかに見通しはよくなる。
ただし、読書は、ちょうど鳥が空を飛ぶ時に、風という空気抵抗が必要であるのと同じような働きをするのであり、何もしないで楽に空にまで昇るというわけではない。
読書によって自分の生き方が少しも変わらないとすれば、本の選択が間違っているか、読書の仕方に問題があるといわなければならない。生き方に影響を与えるような本を読んでも、必ずしも気持ちが楽になるわけではない。むしろ、耳障りなことが書かれていることもある。それでも、生きる力になるような読書をしたい。
たとえ耳の痛い内容でも
読書なら受け入れやすい
本を読むという行為は他者の意見を聞くことではあるが、カウンセリングと違って、人から直接いわれるわけではない。そのため、厳しい内容でも直接いわれるよりは受け入れやすい。
例えば、私の著作『嫌われる勇気』では、哲人と青年の対話という形で進んでいく。そのため、通常の読書以上に、自分に向けられた話ではないように感じるため、納得してしまうことがあるだろう。







