これは人間誰しもが逃れることができないバイアスで、WEという感覚にも深く根ざした偏見だとも言えます。私たちは、放っておいたらついつい、内部のメンバーと外部の存在者の間に超えられない壁を作ってしまう閉鎖的な存在なのです。このようなバイアスまみれのWEが「野生のWE」なのです。

 だからこそ、道徳教育を通じて、このような「野生のWE」を飼い慣らす必要があるのです。目標は、より開放的でインクルーシブ(編集部注/包摂的)な「WE」の感覚を育むこと、つまり内部の人々にも外部の人々にも同じ敬意と公平さで接する「飼い慣らされたWE」を育むことです。

 ですから、ご質問に対する私の答えは、条件つきのイエスです。子どもには大きな可能性がありますが、それは適切に育まれなければなりません。子どもは生まれながらに自然な「WE性」を身につけています。しかし、それだけでは十分ではありません。

 私たちは、教育や道徳的な経験を通じて、子どもたちがこの「WE」の感覚を広げ、閉鎖的な「野生のWE」から開放的な「飼い慣らされたWE」へと自己展開する手助けをしなければなりません。

人種差別を学んだ子どもが
なぜその言葉を口にしたのか?

マルクス・ガブリエル(以下、ガブリエル):ええ、まさにそれがインクルーシブな社会(編集部注/障害の有無や国籍・性別の違いにかかわらず、人々が同じ場で共に学び、育つ環境)です。私たちが自分自身と同一視するコミュニティがWEであり、WEは常に、最もインクルーシブなコミュニティより小さいのです。そのコミュニティの地平線を広げることが、道徳的な進歩です。子どもたちはその方法を学ぶ必要があります。

 同時に、特にアメリカでは、議論がインクルージョンとは反対の方向、つまり分裂に向かうことがあります。私の子どもの例を出しましょう。私は子どもたちと一緒に『Little People Big Dream』という伝記絵本のシリーズを読んでいます。これは、アインシュタインのような偉人についての伝記で、小さな人間でも成長すれば偉大になれるということを伝える、教訓的なものです。