出口:人は誰であれ、日常生活を送る中で、様々なゼロサムゲームに巻き込まれています。これは大きな絶望の小さな現れとも言えます。
まずは身近なWEの中で、永遠に続くようにも思われる、このゼロサムゲームから降りてみるというのも1つの手です。もちろん、このような降板が思い通りにいかないケースもあるでしょう。でも、1つでもうまくいったケースがあれば、それこそが、大きな絶望に風穴をあける小さなアクションになり得るかもしれません。
自分本位の人間関係を捨て
損得を超えた付き合いを
――たとえば私はいま、夫婦の間で、仕事をする時間の取り合いというか、家事育児分担の押しつけ合い状態になっています。これをやめて、時間を融通し合うようにする、とかでしょうか……お互いに終わらない仕事をなんとかこなす毎日なので、できる気がしません。
出口:とはいえ、子どもが熱を出したり、ケガをしたりといった緊急事態が起こった場合、ゼロサムゲームをやっている場合ではないとカップルの双方が即座に同時に理解するという状況も日常的に起こりうると思います。そのような時は、2人とも、知らないうちにゼロサムゲームから同時降板して、子どもの元に我先に駆けつけざるを得ないのではないでしょうか。
ゼロサムゲーム自体がリスク要因になるような、このような偶発的な突発事態は、例えば災害時のように、いろいろなレベルで起こりうると思います。このような、ゼロサムゲームの勝者がそもそも存在しないという体験を重ねることで、永遠の押し付け合いからの脱出の可能性が見えてくるかもしれないのです。
ガブリエル:確かに、家族の中でゼロサムゲームをしても、絶対に勝利はないですからね。家族の中で勝とうとすれば、結果的にすべてを失うことになります。友情でも同じです。友達関係の中で勝とうとすれば、その友情そのものを失います。
これは愛の話です。愛とは、一般的に、お互いを「役に立つ」という意味では必要としていない者同士の間にできる関係性です。必要としないからこそ、その関係は壊れやすいんです。
ゼロサムゲームから降りれば
組織作りはうまくいく
出口:家族や友人関係からWEターンを始めよう、ということですね。
『これからの社会のために哲学ができること 新道徳実在論とWEターン』(マルクス・ガブリエル、出口康夫、光文社)
ガブリエル:はい。哲学は「知恵との友情」ですから。
出口:その通り。家族や友情関係には、常に「中空構造」(編集部注/中心に何もない状態)があります。それが愛や家族、友情関係の秘密です。常にそこにあるけれど、あまりに基本的なことだから、気づいていないだけです。それをもっと目に見える形にすることが重要だと思います。
ガブリエル:企業のリーダーも、ゼロサムゲームをやめるべきですね。いいリーダーというのは、トップダウンをしません。トップダウン型リーダーとは、つまるところ、悪いリーダーです。現在では、2年ごとにCEOが代わるような状況が蔓延しています。リーダーがトップダウンをしようとするから、うまくいかなくなり、次々に入れ替わるんです。トップダウンになった瞬間、すべてが終わると言っていいでしょう。
出口:でも、破れた服を縫い合わせることができるように、私たちは皆、物事を元に戻すことができます。あるべきものは、すでにそこにあり、私たちは、それをただ再発見すればいいのです。もしあなたが、どこかでゼロサムゲームをしているのなら、明日、一旦、そのゲームから降りてみてはどうでしょうか。







