「国籍」という名の闇

 彼女の存在に注目が集まるようになると同時に、それまで中国では伝統的に弱かったウィンタースポーツ、とくにスキーへの関心が急激に高まった。加えて、2022年に中国初の北京冬季五輪が控えていたこともあり、中国政府としても国民の間でウィンタースポーツへの興味を引き出そうと躍起になっていた頃だ。そういう意味で彼女の語る「インパクト」はそのとおり、大きな社会的・経済的効果をもたらした。

 ただし、彼女の転向にはなんとなく闇を感じるのも事実だ。

 例えば、国籍。五輪では、その国の国籍保有者のみナショナルチーム代表選手となることができると規定されている。米国は国民が同時に複数の国籍を有することを認めているが、中国では外国の国籍を取得した場合、中国国籍を離脱する手続きを取ることが義務付けられている。となると、グー選手は米国籍を離脱したのだろうか?

 彼女はこうした問いを向けられるたびに、人々を煙に巻いてきた。彼女の標準的な答えはこうだ。「わたしは米国にいるときは米国人、そして中国にいるときは中国人なの」と。つまり、彼女自身、敢えてその国籍について論じない姿勢を示しており、また中国政府も同様に彼女の国籍については触れようとしていない。

 国籍のありようは、グー選手を巡る大きな疑惑として常につきまとっている。

二人の父と、それぞれの来歴

 選手としての成績以外に、二人の育った家庭環境、バックグラウンドもまた、関心の的だ。

 グー選手の母、谷燕さんはもともと中国政府の高級幹部夫婦の家庭で育ち、文化大革命後に北京大学を卒業後、米国の大学に留学した。その間にスキーに魅かれてスキーコーチとなったことが、娘のグー選手に大きな影響を与えた。

 一方、リウ選手の家庭環境もまた、非常に興味深い。というのも、彼女の父親である劉俊(アーサー・リウ)さんは中国四川省生まれで、広州の大学に通っていた1989年、北京の天安門広場を中心に全国へと波及した民主化運動に身を投じ、所属していた大学の学生連合のトップを務めた人物だからだ。

 しかし、北京の民主化運動が天安門事件という形で弾圧されると、全国の同調者に対する厳しい取り締まりが始まった。その一人となった劉さんは、香港の民主団体が秘密裏に組織した中国人民主活動家救出活動「黄雀行動」の協力によって、香港経由で米国に脱出。そのまま政治亡命し、米国籍を取得した。中国で流れるリウ選手とその来歴を語る記事のほとんどが、このあたりをかなりぼかして伝えている。

 劉さんはその後米国の大学で学び、今は弁護士事務所を開設しているそうだ。リウ選手は、そんな劉さんが匿名の白人女性による卵子提供を受けて代理母を雇って生まれた子供で、劉さんにはリウ選手のほか同じように生まれた4人の子供がいるという。