「悪役」が定評だった成田三樹夫や
映画監督のアベユーイチもOB
文芸では、昭和時代に芥川賞候補に4度もなった森万紀子がいた。80年には『雪女』で泉鏡花文学賞を受賞している。前述のシャンソン歌手・岸洋子と酒東同級生だった。
直木賞候補1回、松本清張賞候補3回という北重人がOBだ。酒東を経て千葉大工学部建築学科卒で、都市計画コンサルタントが本業だった。
俳人・文芸評論家では斎藤慎爾がOBだ。10年に『ひばり伝 蒼穹流謫』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。23年3月に死去した。
岩田ななつは近現代文学が専門で、「青鞜」について研究している。
音楽では、三浦光紀が音楽プロデューサー・実業家で、音楽レーベルの会社をいくつか立ち上げた。
現代音楽の作曲家で日大教授の伊藤弘之が、OBだ。98年に芥川作曲賞を受賞している。
指揮者の工藤俊幸は、山形交響楽団、群馬交響楽団などの指揮者を務めた。酒田フィルハーモニー管弦楽団の育成などにも力を注ぎ、山形におけるクラシック音楽の振興に尽力した。
佐藤涼子は声楽家で、30歳過ぎからプロのアーティスト(歌手、声優、タレントなど)を対象にしたボイストレーニングを業としている。国立音楽大声楽科卒だ。
美術では、平面・立体・映像・オブジェなど幅広く制作活動を行っている佐藤真生(まさお)がいる。
新正卓(あらまさ・たく)は写真家だ。写真集『遥かなる祖国』で土門拳賞を受賞している。
佐藤時啓(ときひろ)は美術家・写真家だ。15年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。23年に土門拳記念館(現・土門拳写真美術館)館長に就いた。
旧制酒田中学を16歳で中退し画家を目指して上京した小野幸吉は、30年に20歳で病死した。作品が二科展などに入選し、高い評価を受けていた。15歳の時に描いた洋画が、酒田東高校に残されている。
演劇プロデューサーで、『やってきたゴドー』『はだしのゲン』など多数の舞台を手掛けた木山潔がいた。
映画監督のアベユーイチもいる。酒東時代から映画研究部に所属、静岡大を経て日本映画学校(現日本映画大)演出科の1期生だった。ウルトラマンシリーズのコーディネーターや脚本、監督を務めた。
小華和ためおは、アニメーター・作画監督、絵コンテなどの制作者だった。
ミュージカル俳優の佐藤輝もいる。多くの舞台経験を積み重ねており、『ラ・マンチャの男』ではサンチョ・パンサ役で出演し、484回の日本最多出演を記録した。
俳優の成田三樹夫は、映画やテレビドラマで幅広い領域をこなしたが、なかでも「悪役」では定評があった。前述の岸洋子と高校同級だった。
女優では山本与志恵がOGだ。海外ドラマの吹き替えもしている。
佐々木亜希子は、無声映画説明者「活動弁士」を01年から始めており、全国各地の映画祭でのフィルムアーカイブで活躍している。酒東から埼玉大に進んだ。NHK山形放送局に契約キャスターとして採用され、ニュース番組などにも出ていたことがある。(敬称略)
(フリージャーナリスト 猪熊建夫)







