社会の中にある規範に加えて、私たちの心の働きも、不適切な配慮を生み出す原因になります。その1つが、「共感の失敗」です。配慮の基になる共感が不適切だと、配慮も不適切になるということです。
共感には感情的共感と認知的共感の2種類があり、前者は相手の感情に感化されることを、また、後者は相手の立場を冷静に理解することを指します。
さて、ここで、感情的共感が過剰に強くなるとどうなるでしょうか。相手の悲しみや苦しみを自分事として捉えすぎ、自分自身も悲しみ、苦しみを経験するので、その気持ちにしたがって、過剰な行動をしてしまったり、適切な支援の程度を見誤ってしまう可能性があります。
また、自分の感情や望みについて、他者も自分と同じように心に抱いているのだと思い込んでしまうことも、共感の失敗を招きます。
自分が感じている、または感じると思える気持ちを、過剰に他者に当てはめてしまうことを、「投影バイアス」といいます。
たとえば、私が彼の立場なら、この助けが嬉しいと思い込んでしまうのです。自分では、他者に共感したつもりになっていても、これが勝手な思い込みであるなら、それに基づく行動は、相手にとって迷惑になりかねません。
アドバイスしたがる人は
なぜこんなに迷惑なのか?
不適切な配慮につながるもう1つの個人的要因は、自分を中心とする心の働きです。過剰な干渉や支援は、相手のためではなく、「自分が何か良いことをした」という満足感を得ることを目的としてしまうことからも生じます。
さらに、「良いことをする人だ」という評価を他者から得ることで、自分の価値を確認したいという「承認欲求」が、そこに加わることもあるでしょう。
承認欲求は、社会的な動物としての人間にとって、基本的なものであり、それ自体が悪いというものではありません。他者から認められたいという気持ちゆえに、より高いレベルの何かを成し遂げようという意欲が生まれるという点では、個人の成長にとって、大きな意味を持つ欲求です。
『「気が利く」とはどういうことか――対人関係の心理学』(唐沢かおり、筑摩書房)
しかし、承認欲求のために他者に配慮しようとするのは、本末転倒です。他者のためと言いながら、「良い人」としての承認を他者から得ることを通して、自分の価値を認識することが目的となっているのです。相手が本当に望むことを推し量ることなく行動してしまい、配慮が、不適切な形で表出されかねません。
他者に対しておこなったアドバイスが、他者の必要を踏まえてのことではなく、「自分が役に立っている」という自己満足を得るためなら、受け手にとっては不必要で迷惑なものになってしまいます。
満足感を得ることや、承認欲求を満たすことなど、自己中心的な動機が先にたつと、配慮しているつもりでも、不適切なものになってしまうリスクがあることには注意が必要です。







