自走する社員を活かす
シープドッグ型リーダー
日本初のLCCをゼロから立ち上げ、みずからアントレプレナーシップを発揮して変革の最前線に立ってきた井上さんのことを、代表的な「率先垂範型リーダー」だと認識していました。しかし、近年はもっぱら「シープドッグ型リーダー」の重要性について発信されています。
リーダーみずからすすんで物事に当たり、模範を示す率先垂範スタイルは限界を迎えていると思います。私自身がそれを日々実感しています。コロナ禍以降、私たちを取り巻く環境は複雑さを増し、未来はますます予測困難なものになりました。一つの変化が別の変化を引き起こし、不確実性が連鎖する時代において、一人のリーダーがあらゆることに目を光らせて対応できるかといえば、それは無理でしょう。
皆さんには私が率先垂範型リーダーに見えていたかもしれませんが、実は私自身はPeachの時代からシープドッグ型リーダーへと切り替えていました。他の航空会社や業界でキャリアを積んだ、気骨のある個性の強い社員ばかりだったので、社長が言うことなら素直に聞こうなんていう人はほとんどいませんでしたから(笑)。それでも何とかまとめられたのは、軸となる価値観の共有だけは強く求めたからです。その範囲内で自律的に考えて行動するのはよいけれど、はみ出しそうになったら私が「ワン、ワン」と吠えて引き戻すということをしていました。
Peachはベンチャー企業でありながら、航空会社という性質上、多様な背景を持った個性あふれるプロフェッショナル集団だったこともあり、シープドッグ型は井上さんの中で必然的に生まれたリーダーシップスタイルだったと理解しました。しかし、それから10年以上が経ち、日本の伝統的な大企業でも人材の多様化が進んで、ダイバーシティマネジメントに有効なシープドッグ型リーダーが広く求められるようになってきています。
そう思います。ただ、私の場合は穏やかな牧羊犬というよりは、土佐犬タイプだと周りの方からいわれます。吠え方がうるさいし、もたもたしている羊がいると本当は率先して引っ張ってしまいたくなる。でもそれでは駄目で、真の「自走する社員」は育たない。だから、後ろから「どんどんやれ」とけしかけて、必要な時にだけサインを出して進むべき方向に導く。そうしたシープドッグ型リーダーへと私自身が変わらなければならないと気づいたのです。
コロナ禍という逆境を経たANAには、自走する社員が育ってきました。ならばなおさらのこと、私が前に立って範を垂れる必要などありません。ただし、自律型組織であるほど、何かあった時や判断に迷う場面で拠り所となる価値観が必要です。そのために「自分の言葉でメッセージを発信し続ける」ことも、私の大事な役割だと考えています。どうすれば部分最適ではなく全社最適、会社全体のパフォーマンスが上がるかを考えた結果、現在のやり方にたどり着きました。
経営層の「本気」を
社員は見ている
カリスマ経営者や卓越した実績を上げたリーダーの後継は難しいとされます。言い換えれば、多くの優秀なリーダーが後継者の育成に失敗していることになります。次世代の経営人材育成に向けて、貴社ではどのような取り組みをされていますか。
ANAグループ全体を牽引することが期待される人財を選抜して、シニアマネジメント(部長)、ミドルマネジメント(課長)、プレマネジメント(管理職候補)の3つの層ごとに長期育成を図る「アドバンスキャリア制度」を設定しています。そこでは、ビジネススキルの習得だけでなくリベラルアーツや社外でのフィールドワークなどを通じて自身の強みや感性を見つめ直し、視野を広げる育成プログラムを展開しています。
また2025年からは、経営層の本気度を見せて社員の心に火をつける目的で、「変革道場」という人事部の肝煎り企画も始まりました。社外の有識者と役員が一対一で、社員の目の前で行う本音の公開討論、言わばガチンコ対談です。有識者といっても当たり障りのない教科書的な話はいらないので、どなたをお呼びするかが肝要です。1回目はイノベーション研究と歯に衣着せぬ核心を突いた発言で知られる一橋大学名誉教授の米倉誠一郎先生と、私の対談でした。
我々の議論自体はとても白熱したのですが、問題は最後の質疑応答の時間でした。初回のため、参加していた社員たちも緊張していたせいか、あまり活発な質疑にならなかったのです。そうしたら米倉先生が激怒されてしまい、「君たち、そんなことじゃダメだよ」って大真面目に叱ってくださった。これには社員たちも大いに刺激を受けたようで、アンケートでも「目が覚めた」という声がたくさん寄せられました。頭と心を揺さぶって社員を焚き付けることが狙いだったので、まさに正鵠(せいこく)を射たりでした。その後、このガチンコ対談は回を重ね、ANAグループから選ばれた役員たちが毎回、戦いの場ともいえるリングに上がり続けています(笑)。
このガチンコ対談に登壇するリーダーは、大本営発表をなぞるのではなく、「自分の言葉」で経営哲学や戦略を語ることが求められます。役員の方々はさぞかし緊張されるのではないでしょうか。
それだから、いいんですよ。討論テーマだけは決めますが、それ以外の事前のすり合わせはいっさいなしのぶっつけ本番で臨みます。その場で投げかけられた問いや意見について自分自身の言葉で返さなければならないので、緊張するのは当然でしょう。参加する社員たちもその様子をじっくりと見ています。日頃いくら立派な経営方針や戦略を語っていたとしても、外部識者の鋭い突っ込みを食らえばロジックが揺らぐことがあるかもしれません。しかし肝心なのは、その時に自分の言葉で何をどう語るかです。もちろん話す内容だけでなく、声のトーンや表情、身振り手振りなどの一挙手一投足から、社員は役員の本気度を読み取ることができるはずですし、そこで感じた疑問があれば、質疑応答の場でどんどんぶつけてもらいたいと思います。その意味では、経営陣と識者だけでなく、経営陣と社員とのガチンコの場にもなりますよね。こうした本音の対話を通じて、みんなが自分の軸を持ち、次の変革を担う人財が育ってほしいと期待しています。



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