学習する組織に必要な
学び続けるリーダーの存在

 成功体験は自信をもたらし、さらに高い目標に挑戦する勇気を与えてくれます。一方で、慢心が目を曇らせることもある。「謙虚にして驕らず」は、凡人には簡単なことではないようです。しかし、井上さんは常に「師」を持ち、学び続けているようにお見受けします。

 Peach立ち上げの際にはLCC界のレジェンドと呼ばれるライアンエアーのパトリック・マーフィー元会長や、前述の米倉誠一郎先生などに教えを請い、いまも気鋭の経営者や識者がいると聞けば、積極的に会いに行って対話をされている。そのうえ大変な読書家です。「学び続ける心」を失わずにいられる秘訣は何でしょうか。

 自分のことを大した人間ではない、未熟者であると思っているから、誰かの教えを請わずにはいられないのかもしれません。

 特に、LCC界のレジェンドであるライアンエアーのパトリック・マーフィー元会長には、右も左もわからなかった私にLCCの何たるかを教えていただきました。マーフィーさんとの出会いは2008年、シンガポールで開かれたLCCの国際会議でした。「人口増が進むアジアの需要を取り込むため、3年以内にLCCを立ち上げろ」と当時のANA社長・山元峯生からの命を受けたものの、まだ日本ではほとんどLCCなんて知られていなかったし、私自身もLCCの本質をまったくわかっていなかった。本当に成功するビジネスモデルなのかという疑問を拭えないまま、何かヒントをつかみたいと思い、国際会議に参加したのです。そこに登壇していたのが、マーフィーさんでした。何とか直接お話がしたいと周囲をうろうろしたのですが、いつも大勢の人に囲まれていてなかなか近寄ることができない。そこで奇襲作戦に出ました。お手洗いに入ったマーフィーさんに思い切って声をかけてみたのです。するとマーフィーさんは、「ジュネーブのオフィスに来るか」と名刺を渡してくださいました。後日メールでアポイントを取り、オフィスに伺ったのですが、その時にしていただいたお話すべてが、目から鱗でした。何とその後、2011年にはPeachのアドバイザーに就任いただき、2012年の就航に向けてさまざまな助言を賜りました。彼と出会っていなければPeachを立ち上げることはできなかった、と言っても過言ではありません。マーフィーさんにはいまでも折に触れて、報告や相談をしています。最新事情に精通されており、いつも的確な意見を述べられます。本当にすごい方です。

 私が師と仰ぐ方に、年齢や肩書きは関係ありません。たとえ私よりもはるかに年下の方であっても、絶え間ない自己研鑽の結果、事を成し遂げた経験を持つ方は、やはり迫力が違います。だから私には師がたくさんいますし、学ばせていただくことが楽しい。

 ちなみに、日本には「守破離」という言葉がありますよね。師の教えを守り、次にその型を破って、最後は師から離れて独自の境地を切り拓いていくというものです。でも私は、師から離れない。その時々で深く学ぶ対象は変わりますが、一度この人と思った人は、基本的にはずっと師のままです。宇宙飛行士が宇宙ステーションに命綱を結んで船外活動をするように、私も師とつながったまま、何かあれば連絡を取ったりして、教えを請い続けます。だから師は増える一方ですが、それもまたよいものです。

 経営トップがそのように学び続ける姿勢は、続く人の刺激になると同時に、よい意味でのプレッシャーにもなりそうです。学習する組織には、学び続けるリーダーが必要なのかもしれません。

不確実性の時代を生き抜く
アニマルスピリッツ

 では、最後の質問です。いつの時代にも変わらない、「経営者に必須の要件」とは何だとお考えですか。また、それはどうすれば獲得できると思われますか。

「功あるものに報いるには禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」という言葉があります。中国の歴史書『書経』が原点とされ、西郷隆盛公が引用したことで広く知られています。会社に置き換えれば、功績を上げた人には報酬を与え、人間的に優れた人にはそれにふさわしい役職を与えなさいということでしょう。これを、逆にするとおかしなことになります。能力はあるけれど、人格に問題がある人間をリーダーにすると組織が乱れる。また、徳だけあって能力が不足している人に高い報酬を支払っても会社は成長しません。

 さまざまな経営者がいてそれぞれ個性がありますが、優れたリーダーに共通しているのは人間性の素晴らしさでしょう。私が師と仰ぐ人は、皆さんそうです。企業を取り巻く環境がどれほど変化しても、いわゆる人徳、コミュニケーション能力、包容力などを合わせた、人間としての魅力が最も重要なのは変わらないはずです。

 ただし、それだけでは十分ではありません。特に外国のリーダーたちと話をしていると、よく「ハンズオン」という言葉が出てきます。下任せにしないで、みずから現場に出て、自分の目で見て考え、自分で決めて行動するのが彼らの特徴です。そうなると単に品性高潔なだけでは足りず、ある種の動物的強さや血気のようなものがないと人はついてきません。経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、アニマルスピリッツ、すなわち動物的な衝動や野心が経済の活力につながると説きましたが、合理的な判断だけでは切り抜けられない不確実性の時代にあって、その重要性は高まる一方です。

 私がPeachの社長に就任した際にマーフィーさんから贈られた言葉が、まさに「ビースト(野獣)になれ」というものでした。彼は「社長たるもの、ビジネスで負けてはならない。どれほど厳しい環境に置かれても果敢にチャレンジして勝ちにいき、社員と家族を守るのがリーダーの仕事だ」と言うのです。以降、手強い競合や厳しい状況からも逃げずに挑んできたつもりです。こうした思いが、ハイジの世界に登場する穏やかな牧羊犬ではなく、土佐犬タイプのシープドッグリーダーシップに表れているのかもしれません。

 日本にもアニマルスピリッツにあふれたリーダーは大勢いました。たとえば、高度経済成長を民間の力で牽引した本田宗一郎さん、出光佐三さん、松下幸之助さん、井深大さん、盛田昭夫さんなどです。戦後の何もないところから立ち上がり、それこそ修羅場の連続だったはずですが、見事に事業を成長させて経済大国日本の実現に大きく貢献されました。彼らのような迫力がいまの自分にあるのかと、常に自問しています。ただし、楽観主義は忘れずにいきたいですね。「どうせやるなら明るく楽しく」は、自分自身に向けたメッセージでもあるのです。

 

 

◉聞き手|宮田和美
◉構成・まとめ|相澤 摂、宮田和美 撮影|佐藤元一