ハラスメントの常態化と「宅建支援」の実態

 例えば、ハラスメントの常態化。毎朝開催される朝礼では、目標未達の社員に怒号が浴びせられます。上司からの叱責は人格否定にまで及び、常に極限の精神状態を強いられたそうです。

 宅建についても、資格取得を支援すると言いながら、実際は試験数日前になっても深夜にまで及ぶテレアポや飛び込み営業で勉強時間はゼロ。会社から過去問や予想問題の配布はあったものの、それに着手する時間もありませんでした。不合格になると、朝礼で「Aさんは不合格でした」と名指しでさらされる始末です。

 このような状況だったので、同期に入社した約30名は、3カ月後には半分、1年後にはAさんを含め数名しか残っていませんでした。結局、Aさんは適応障害を発症し、ついに退職に至りました。

「学歴不問」の残酷な結末

 筆者が担当したカウンセリングで、Aさんは次のように回想していました。

「学歴不問という言葉を、僕はチャンスだと解釈しました。でも、会社にとっては健康でさえあれば誰でもいいから、替えの利く駒を大量に集めるための網だったんです。確かに、20代で1000万稼いでタワマンに住んでいる人もいましたが、それは何百人という脱落者の上に生き残った、ごく一握りの生存者でした。中途半端に我慢を重ねて1年以上いた自分は、資格取得どころではなく心がボロボロになって、結局は辞めてしまいました」

 Aさんが手にしたかった「高年収」や「やりがい」という報酬と引き換えに会社が求めていたのは、「使い倒せる精神と肉体」だったと言わざるを得ません。Aさんの事例が示すのは、企業側が学歴というフィルターを外すとき、「人間としての尊厳」や「心身の健康」という、より過酷な等価交換の対価を求めていることがあるという現実です。

良い学歴不問と悪い学歴不問

「学歴不問を掲げる企業には必ず裏がある」という印象を持たれたかもしれませんが、正当な理由で学歴を不問にしている企業もあります。