同志社国際高校の会見によれば、「抗議船に生徒を乗せて海上から見学させる」というスタイルの平和学習については、今回お亡くなりになった船長が、高校側に提案をして3年前から始まったという。

 サラッと言ってのけているが、これはかなりレアケースと言っていい。

 一般的な高校では、反基地運動をしている人たちから「お宅の生徒さんたちを抗議船に乗せて平和学習させませんか」という企画の売り込みがきても「いいですね、ぜひぜひ」とはならず慎重な姿勢を取る。

なぜ同志社国際高校は
生徒を抗議船に乗せたのか

 まず、実際に抗議運動をしている人たちの一方的な主張を聞くということを、学校の研修旅行に組み入れることは、一種の「イデオロギー教育」と受け取られる恐れもある。政治信条はそれぞれなので、「いい教育だ」と喜ぶ保護者もいれば、嫌がる保護者もいる。

 このセンシティブな問題をクリアできたとして、次に「わざわざ抗議船に乗る必要はあるのか」という難問がある。

 たとえば、辺野古反基地運動を応援・連帯している生活協同組合は毎年春に平和学習ツアーを開催しているのだが、そこでやっているのは辺野古の海岸で「抗議をしている人の話を聞く」ということまでだ。

 では、なぜ同志社国際高校は船長に提案されるまま、かなり踏み込んだ「抗議船ツアー」に踏み切ったのかというと、船長との間に「強固な信頼関係」があったからだ。

 実はこの船長、沖縄県南城市で牧師を務めており、日本基督教団というプロテスタント系の団体に所属していた。同志社も牧師と同じプロテスタントの伝統を受け継いでいる。同じ信仰をもつ仲間が生涯をかけて挑んでいる「反戦平和運動」への深い理解・共感があったということなのだ。

 素晴らしい関係だと思うかもしれないが、この「強固な信頼関係」が今回の悲劇を招いてしまった側面もある。

 先ほど述べたように、同志社国際高校は、小型船の登録、保険などについてこの船長にまったく確認していなかった。事故当日、波浪警報が出て地元の漁師は危ないから出港しないという状況だったが、すべて船長の判断にお任せだったという。

 つまり、同志社国際高校は「強固な信頼関係」があるということに甘えて、安全から危機管理、そして責任まですべてを亡くなった船長に「丸投げ」していた状態だったのだ。

 しかし、残念ながら船長は、そういう「丸投げ」を受け止められる存在ではなかった。自分から「抗議船ツアー」を提案しておきながら、船舶の事業登録をしていなかったり保険に入っていなかったりしたことからもわかるように、「ルール無視」の傾向があったのだ。