「私は絶対に正しい」と
「あいつは絶対に悪い」は表裏一体

 本稿は、反戦平和運動をする人たちを批判する意図は毛頭ない。取材をさせていただくと、みなさん人生をかけて取り組んでいるし、その真摯さ、世界をより良くしたいという信念の強さはただただ頭が下がる。

 ただ、これは信仰も同じところがあるが、「私は絶対に正しい」という強烈な信念は「あいつは絶対に悪い」という強烈な憎悪を生みだしてしまう。そして、そんな「悪」を叩きのめすという尊い活動をしている自分たちは、多少のルール無視や、虚偽の事実を流してを許される、という独善的で、ある種の「選民思想」のようなものを感じるときもある。

 今回の事故を受けて、抗議活動をしている人々が現場を訪れて手を合わせた際、亡くなった17歳の女生徒について報道陣にこんなことを言ったという。

「本当に申し訳ない。思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』という意味で辺野古に来ていただいたと思う」(3月17日 産経新聞

 おそらく純粋にそう感じていらっしゃるのだろうが、これも聞きようによっては、「生徒の死」ですらも、反基地運動に利用しようとしているのではないか、という印象を受ける人もいるだろう。

 遺族などへの配慮なく「抗議船に乗船していた高校生=辺野古の工事に反対という考えを持つ人」とさらっと言ってのけているということは、船を出した側にとって、この「平和学習」の目的が、同志社国際高校の生徒たちの中に、「反基地」のイデオロギーを広めていくことにあったのではないか、と思わざるを得ない。

 平和のため、戦争反対、尊い理念を掲げて闘っている人たちに対しては尊敬の念しかないが、立派なことをやっているからといって、ルールの無視や自分勝手な振る舞いが許されるわけではない。今回の悲劇は、そんな反戦平和運動の光と闇を浮かび上がらせた。

 この「抗議船ツアー」問題はまだ不明な点も多い。来週24日に予定されている同志社国際高校の保護者説明会で、真相が明らかになるのか注目したい。