「世界を良くするための頑張って亡くなった人を批判するなんて許せない!」という批判が多く寄せられそうだが、実はこれは亡くなった船長個人がどうこうという話ではなく、「反戦平和運動」に携わる人たちに共通する問題だ。

反権力がルール軽視に陥るワケ
過去に死亡事故も…

 反戦、反基地、反安保法制、反原発……政府が推し進めようとする政策に真っ向からノーを突きつけるような社会運動に身を投じている方たちというのは、「自分たちがやっていることは正義だ」という強烈な信念がある反面、抗議・反対運動をしている対象、つまりは政府というのは「悪」だと思い込んでいる。

 つまり、政府がやることなすことすべてデタラメ、嘘ばかりだという考えが骨の髄まで染み付いている。

 さて、そこで想像していただきたい。このように「政府=悪」という考えの人たちが、政府の定めた細かな法律やルールなどをきっちり守ろうと思うだろうか。

 思うわけがない。「戦争をやろうとしているような連中が決めたことなんてバカらしくて守れっかよ」という反応になるのが自然だ。

 若い時、反政府的な市民運動をよく取材したが、そこではこういう「ルール無視」を公言するような方も少なからずいらっしゃった。そこでこちらが「いや、でもやっぱりルールは守らないとだめですよね」と指摘すると、「そもそも国がこんなおかしなことをやっているからだ」と問題をすり替える。

 これは批判や悪口などではなく、長く反権力をやってきた人間ならではの「性」(さが)というか宿痾(しゅくあ)のようなものだ。それがよくわかる悲劇がちょっと前、辺野古で起きている。

 辺野古移設に抗議していた70代女性が道路に飛び出して、それを制止した警備員がダンプカーに巻き込まれ死亡。女性も骨折してしまったのである。

 一般人の感覚ではいくら「平和」「反戦」のためとはいえ、ダンプが出入りする道路に飛び出すのは危険すぎるし、それを防ごうとした警備員は気の毒としか言いようがない。沖縄県警もこの70代女性を重過失致死容疑で書類送検した。

 しかし、「反政府」を長く続けてきた人の中では「自分たちに非があった」とか「亡くなった警備員やご家族に申し訳ないことをした」という発想よりもまず「政府が悪い」という怒りが込み上げる。この時も、工事を急がしている国が悪いのであって、亡くなった警備員も怪我をした女性も「辺野古の犠牲者」だというような趣旨の主張がみられた。

 そして女性は、けがの治療費や入院費、そして後遺症が残ったとして、ダンプカーの運転手や車を所有する会社などを相手に1500万円あまりの損害賠償を求める裁判を那覇地裁に起こしたのである。

 こういう「ルール無視」の傾向は、無登録・無保険の抗議船に、生徒たちを乗船させていた船長にもあったのではないかという気がしてならない。