精神分析家のフロイトは『強迫神経症の一例についての見解(ねずみ男)』の中で強迫症患者の症例を紹介するとともに、強迫症患者には「思考と感情の全能」があると述べています。

 この症例は後世の研究者によってフロイトによる捏造(ねつぞう)であることがわかっていますが、強迫症患者が「自分の未来を自分の力で変えられると信じていること」を見出し、病気の特徴に位置づけたのは鋭い指摘だったと思います。

条件がそろえば誰でも
強迫症になりえる

 普通の人は行動の選択をするときは多数派の意見に流されたり、とりあえず楽な道を選んだりします。その結果、悪いことが起きても他人のせいにしたり、「今回は調子が悪かっただけ」と自己欺瞞(ぎまん)したりします。

 一方、強迫症の人は自分の行動が自分の未来に与える影響を過大評価しており、自分はどうすべきかを真剣に考えています。フロイトは、それまで潔癖症や疑念症など多様な病名で呼ばれていた状態をまとめて「強迫神経症」とし、この病気の概念をつくり上げました。

 現代の精神医学では病前性格という考えはあまり使われなくなりました。生まれ持った素質の有無は病気の発症と関係ないと考えられるようになったのです。

 たとえば今では、うつ病は仕事のストレスなど条件がそろえば誰でもなりうると考えられています。強迫症も同じです。空想的万能感とは無関係で、ごく普通の子ども時代を過ごした人でも条件がそろえば強迫症になりえます。

 このように変わったのは、向精神薬や認知行動療法などの有効な治療法が発見されたことと、精神疾患に対するスティグマ(ネガティブなレッテル)・偏見が薄れ、特別な人だけが発症する特別な病気ではなく、誰でもなりうるものと考えられるようになったからでしょう。

 強迫症についても特別な性格を持つ人だけがなる特別な病気という気質論は姿を消しました。

こだわりが異様に強い強迫症は
発達障害と誤診されやすい

 発達障害とは、発達の過程で脳の働きに偏りがあるために、行動やコミュニケーションなどに特性が見られる状態を指します。医学的には「障害」という言葉を使いますが、本人の性格や育て方の問題ではなく、脳の特性に基づいた生まれつきの違いです。