そしたらふたりとも、こう言ったのです。「兄貴が一生懸命やってるから、かわいそうになっちゃった」と。

 私が貧乏な家の生まれだと知っていましたし、店を軌道に乗せるために、それこそ寝ないで夢中になって働いていた姿を見ていたのでしょう。「あの人を置いて私たちふたりで出ていくのは、なんかかわいそうだ」と思ってくれたみたいです。

 これも、私が格好をつけたり、偉そうにしたりせず、ただひたすら一生懸命にやっていたからこそ舞い込んだ、最大の「運」だったと思います。

「ちょい飲み」需要が激減
コロナの苦境で勝ち取った運

 最近の経営、例えばコロナ禍のような危機的状況でも「運がいい」と感じたエピソードはあります。

 コロナ禍のときは、さすがに参りました。うちは駅前立地でお酒を出す「ちょい飲み」が強みでしたから、テレワークで駅前から人が一気に消え、お酒も出せなくなって、売り上げは激減しました。

 私はピンチのときこそ「大丈夫だ、行こう!」と元気を出すようにしているのですが、あのときばかりは本当に弱りました。そこで「これからは駅前一本ではダメだ。道路(ロードサイド)もいけるんじゃないか」と考え始めたのです。

 ですが、ロードサイド店は駅前とは客層もオペレーションも違います。確信はなかった。そんなときです、本当に「運」としか言いようがない話が舞い込んだのは。

 他飲食店が新品同然のロードサイド店舗を撤退するから、居抜きで安く入らないか、という話が来たのです。

 もしこれがゼロから土地を探して建物を建てる話だったら、あの危機的状況で数億円の投資をする決断はできなかったかもしれません。しかし、居抜きで安く試せるなら、と。

 これも「運」です。試しにその店をやってみたら、これがうまくいった。「あ、これだ」と。こんなに売れるのかと驚きました。あそこで「運」よくロードサイドの成功パターンをつかめたから、今の過去最高益がある。あの「運」がなければ、日高屋の戦略転換はもっと遅れていたでしょう。

「運」だけど、前向きじゃないとこうした決断はできないですからね。一生懸命に考え抜いて、行動し続けていると、「運」を掴むことができるのでしょう。