今では戦争に空襲は付きものですが、当時は空から爆弾が落ちてくるというのは大変な恐怖でした。日本の空爆は、ナチスのゲルニカ同様、残虐だと世界から批判されました。皮肉にもその数年後、連合国はドレスデン空爆、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下を実施するのですが。
日本と戦う国民党と
逃げ上手の共産党
垂:そのあと、南京事件が起きます。蒋介石は南京からもすぐ逃げて、武漢、重慶まで逃げていく。
兼原:上海で戦闘になったからといって、関東軍が下りて行くわけにはいかない。北のロシアがいますから。でも、蒋介石が本気で上海で突っかかってきた。
上海には小規模な海軍陸戦隊しかいない。陸軍に何とかしてくれと言われても、義和団事件以降、北京に置いてきた支那駐屯軍では規模が小さくて話にならない。そこで急遽新兵を集めたんですよね。上海派遣軍を急ごしらえにして送り込んだ。
蒋介石が雌雄を決するつもりで起こした第二次上海事変は、ものすごい激戦になった。東京の上野では突然徴集されて帰ってこない夫や息子を心配して騒動が起きたと言われています。
蒋介石は、太平洋戦争開戦までに20万、終戦までに更に20万の日本人将兵を屠っています。近代的な日本陸軍を相手に決死の攻撃です。単独では勝てないとわかっている帝国陸軍を相手によく8年も戦ったと思います。
因みに毛沢東は、長征の後は延安で整風運動と名付けた内ゲバをやっていただけで、ほとんど日中戦争には貢献していません。日本軍とやったのは、百団大戦(編集部注/1940年、日中戦争中に起きた中国共産党軍と日本陸軍との戦い。小部隊でのゲリラ戦で、中国側が一定の戦果を収める)くらいではないですか。
蒋介石は共産党の討伐を
最優先に考えていたが…
垂:国民党(蒋介石)側からの視点も見ておきたいと思います。蒋介石は日本と戦うよりもまず共産党を討伐することが先決だと考えていました。毛沢東らが江西ソビエトに拠点を築いていた間、蒋介石は5回にわたり囲剿作戦を展開します。第一次では約10万人、第二次で約20万人、第三次では約30万人、第四次でも約30万人の兵力を動員しました。







