日本企業の人事が抱えている根本的な課題

――そのような変化に日本企業の人事は対応できているのでしょうか。

髙倉 日本企業の人事が抱えている最も根本的な課題は、「優秀さ」の定義を再検討する必要があるという点です。これまで日本企業における優秀な人材とは、指示を正確に理解し、着実に成果を出す人、知識や経験を十分に持ち社内の秩序の中で仕事の成果を確実にすることを指していました。

 しかし、膨大な知識や過去の知見を蓄積して正解を導き出す作業は、AIの方が圧倒的に速く、しかも、その正確性は近年かなり向上しているとなると、言われたことをちゃんとやる能力の価値ではなく、将来に向けて何が市場価値になるのか、自身の仕事で何を生み出して会社のビジョンにつなげていけるのか、このような将来視点で自身の思いを形にできるか、スピードを持って仮説を検証して実現に向けて挑戦できる人材です。

 まさに、将来に価値を「生成」できる人材で、AIはそのプロセスにおいて私たちの相棒となっていくと考えます。

AI時代の人材育成に不可欠なのは組織を“縦軸”と“横軸”で再設計すること髙倉千春/たかくら・ちはる 
高倉&Company合同会社共同代表、一般社団法人プロティアン・キャリア協会顧問、ロート製薬元取締役(CHRO)。1983年農林水産省入省。90年フルブライト奨学生として米ジョージタウン大学へ留学し、92年にMBA取得。93年から三和総合研究所にて組織再編、新規事業実施などにともなう組織構築、人材開発などに関するコンサルティングを担当する。99年よりファイザー人事部担当部長、2006年ノバルティス・ファーマ人材組織部、14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開。20年よりロート製薬取締役、22年同CHROに就任。22年より日本特殊陶業社外取締役サステナビリティ委員長。23年より三井住友海上火災保険・野村不動産ホールディングス社外取締役。企業の将来の経営の方向性を見据えた戦略的な人事に取り組み、多様な次世代人材育成などを推進。


 では、そのような人材をどうやって育成すればいいのか。これは非常に難しい。でもヒントはあります。先ほどお話ししたシリコンバレーの企業のように、組織を縦軸と横軸で再設計することです。

 何らかの部門への所属という縦軸は社員に安心感を与える本籍として残しつつ、実際の育成は横断的なプロジェクトという横軸を中心に行う。若手やミドル層にプロジェクトのリーダーを任せ、予算と人の権限を委譲する。こうすれば、実際の事業に関わる意思決定を数多く経験させられ、自らビジョンを描く練習ができます。

 こうした人材の力を最大限に引き出すためにも、「管理から解放」へと人事の発想を転換することが求められます。制度で社員を縛る管理型の人事では、個人の創造性や機敏な動きを阻害してしまいます。

 行動経済学、心理学、さらには哲学や倫理といったリベラルアーツの視点を取り入れ、心理や行動を勘案した組織文化・風土を醸成し、エンゲージメントを高めていく。それがこれからの人事の本質的な仕事です。