新しい市場をつくるために何をしたらいいのか

――写メールは成功し、新しい市場をつくりました。みんな新しい市場をつくりたい、イノベーションを起こしたいと考えていますよね。イノベーションという点について、ご自身の意見でも客観的に見てでもどちらでもいいのですが、どう考えていますか?

高尾:世の中「イノベーションを起こさなきゃ」と言いますけど、そこについてはちょっと異論があるんです。イノベーションは起こそうと思って起こせるものじゃなくて、あとで評価してもらってイノベーションになっているんです。「イノベーションを起こそう」と思ってつくったものって、あまりイノベーションにはなっていないはずなんですよ。

 ヒットするものを世に送り出すという点で、私が意識しているのは、広い領域で物事を見ること。例えば、世の中の移り変わりは、深夜番組やニュースなどで入ってきた情報が、点の情報として頭の中に分散して蓄積されていきます。それが、自分が目指しているターゲットを決めたときに点の情報がだんだんと線で結ばれていく。結ばれていって、それが面になって、面がいきなり立体に変わったときに、「あっ、これだったらいける」と降りてくる感じになります。

「写メール」で世界を変えたJ-PHONEはなぜ消えたのか?「写メール」の生みの親、高尾慶二氏(左)とインタビュアーの遠藤諭氏(右) Photo:ZEN University

――当時は行政機関との対応も難しかったのではないですか?

高尾:99年のスカイウェブ(注:J-Sky Web。J-PHONEが提供していた携帯電話向けネット接続サービス。同様に、当時はNTTドコモが「iモード」、auが「EZweb」を提供していた)の時は、結構物議を醸しましたね。

 要は、通信なのにWebの情報が入るじゃないですか。放送なんじゃないか、と。通信と放送が本来なら分離していなきゃいけないのに、融合していそうな状況だったのです。この時は法律的にクロなのか、グレーなのか、白なのかという議論が頻繁にありました。当時のJ-PHONEは郵政省(郵便や貯金、保険などの郵政事業や、電気通信に関する事務を管掌していた。現在の総務省)の天下りの役員がいて、その役員をロビー活動の前面に出して何とか乗り越えました(笑)。