しかも、それは個々の農家が培った経験に根差しています。たとえば、ある畑では朝霧が出ると病害が発生しやすいため、霧が予想される日の前日には特定の資材を使います。これは「この畑を何十年も見てきた人間」だからこそ持っている知見であり、技術です。
このような知見や技術を、「テクノロジーに置き換えればいい」と言うのは、あまりに現場を知らない発言だと思います。AIやセンサーは、あくまで人間の判断を補助する道具であって、代替するものではありません。
もう一つ重要なのは、農家の「頑張り」が無条件に称賛されることで、その構造的な課題が見過ごされてしまうことです。どれだけ優れた判断力を持ち、困難な状況に耐えても、それが経済的に報われないならば、農業そのものの持続可能性が失われてしまいます。
こうした問題は、近年注目される「農業ビジネス」や「農業ベンチャー」の動きと無関係ではありません。
テクノロジー中心の「農業」は
「野菜生産販売業」にすぎない
近年では、ハイテク機器やデジタル技術を積極的に取り入れ、それを前提として生産や流通、販売のあり方を設計するような新しい「農業」が登場し、注目を集めています。なぜ農業に鍵カッコを付けたかというと、私はこれを農業であるとは考えていないからです。ここでこの「農業」を便宜的に「野菜生産販売業」と呼んでおきます。
あえてそう呼ぶのは、これらが作物を育てるという営みから始まるのではなく、まず「どう売るか」「どう収益化するか」といった経営的な視点から構造を組み立てており、生産という行為自体が、その戦略の中に位置づけられているように見えるからです。
野菜生産販売業の多くは、もともと農業とは無縁だったベンチャー企業の出身者や、IT・広告・商社などの分野でビジネス経験を積んできた人物が、マーケティングなどの発想から新たに起業して始めたものです。ここでは、売ることや利益を出すことが前面に立ち、その視点から生産や流通の仕組み全体が設計されています。







