ガジャルドが真に恐れられたのは、その統率力だ。1980年代、メキシコには複数の麻薬組織があったが、彼はこれらをまとめ上げ、「麻薬カルテル連合(Federacion)」を結成。各カルテルに縄張りと役割を割り振り、無駄な殺し合いを排除していった。あたかも企業のトップ会議のように利益と秩序を追求した。シナロア、ティファナ、フアレス――今や麻薬戦争の主役たちも、かつてはガジャルドの傘下にあったのだ。

 しかし、1985年。DEA(編集部注/アメリカ麻薬取締局)の捜査官エンリケ・“キキ”・カマレナの拉致・拷問・殺害事件が転機となった。ガジャルドの命令による犯行とされ、アメリカ政府は激怒。報復作戦「Operation Leyenda」が展開され、メキシコへの圧力は最高潮に達した。そして1989年、ガジャルドはついに逮捕される。その時すでに、彼はメキシコ麻薬業界の「ゴッドファーザー」として恐れられていた。

老いてなお部下から尊敬と
恐怖を勝ち得ている“親分”

 ガジャルドが送られたのも、このプエンテ・グランデ刑務所。ここはのちにエル・チャポことホアキン・グスマンも収容されることになる場所であることはすでにお伝えしている通りだ。

 メキシコでも有数の厳重な警備を誇る施設であるにもかかわらず、内部は腐敗しきっており、脱獄や買収は日常茶飯事だった。近年、刑務所は改善されたがガジャルドは30年近くをこの施設で過ごしている。冷たいコンクリートの独房、24時間の監視カメラ、わずかな運動時間――外の世界で築いた帝国とは対照的な、狭く無機質な世界だ。

 彼の逮捕後、グアダラハラ・カルテルは分裂。ティフアナ・カルテル、フアレス・カルテル、シナロア・カルテルなど、数多のカルテルが誕生。皮肉にも、彼が築いた秩序が崩れたことで、メキシコ全土はさらなる暴力の渦に飲み込まれることになる。秩序が崩れた後の無秩序――これこそが、ガジャルドの不在がもたらした現実だ。

 ちなみに、取材時には収監されていたが、2022年、76歳になったガジャルドは、健康状態の悪化を理由に自宅軟禁に移行された。高血圧、脳卒中の後遺症、視力も衰え、あの「ボスの中のボス」も年老いた。だが、その眼光だけは未だに鈍っていないという。自宅軟禁後も、かつての部下たちは彼を「パトロン(親分)」と呼び続け、尊敬と恐怖を抱いている。