老いたとはいえエル・パドリーノの名は今もなお、メキシコの麻薬ビジネスの歴史に深く刻まれている。彼の築いた帝国は、たとえその王が牢の中にいようがいまいが、崩れ去ることはない。そして、その血塗られた伝説は、終わることのない戦争と共に続いていく。

なぜ「王」がいなくても
システムが稼働するのか

 刑務所に組織の中核であるはずのボス、つまりは麻薬王が収監された場合に、どうして「王」が消えてもビジネスは止まらないのか――。この点が気に掛かる人もいるだろう。

 実は、フェリックス・ガジャルドが築いたのが、「人に依存しない構造」だったからだ。

 彼はカルテルを、血縁や情ではなく、利潤と効率で成り立つネットワークとして設計した。

 それぞれのカルテルに“役割”を与え、縄張りを整理し、輸送・販売・政治的保護といった機能を分散管理する。

 つまり、トップがいなくても動き続ける“裏経済の業務フロー”を構築していたのだ。

 だが――それを継いだエル・チャポやエル・メンチョの時代になると、システムは次の段階へと進化していく。

 エル・チャポことホアキン・グスマンは、ガジャルドの「連携による秩序」から、「スピードと分散による支配」へ舵を切った。

 エル・チャポが生んだ“ナルコトンネル”(編集部注/麻薬や武器、不法移民を密輸するために米メキシコ国境の地下に掘削した秘密トンネル)や空輸ルートは、密輸の分業をさらに加速させ、中央集権的な構造から、柔軟に枝分かれする小規模セル(細胞)型組織へと変貌していく。

 これにより、捜査機関がボスを追い詰めたとしても、組織自体が止まることはなくなった。

 “シナロア・カルテル”という看板はあっても、実際には無数の下部組織が自律的に動き、それぞれが独自のルートと収益構造を持つようになっていた。

 そして、その延長線上にいるのが、現在の「CJNG」――ハリスコ新世代カルテルのエル・メンチョだ。

 エル・メンチョの時代は、エル・チャポよりさらに一歩進んだ。

『ナルコトラフィコ』書影ナルコトラフィコ』(丸山ゴンザレス 講談社)

 前述の通り彼の支配戦略は、「企業型」ではなく「軍事型とテロ型の融合」と呼ぶべきものだ。

 チャポが物流をアップデートしたとするなら、エル・メンチョはその“暴力の意味”自体を再定義したのだ。

 つまり、ガジャルド→エル・チャポ→エル・メンチョという流れは、単なる後継者ではなく、「構造と戦略の世代交代」であり、中央管理→分散制御→匿名型ネットワーク化という“裏社会の進化”の物語でもある。

 そして今、新たに台頭しつつある世代を「第四世代」とするならば、そのシステムの“看板すら持たない存在”として、さらなる拡散と変質を遂げようとしている。もはや誰かを捕まえても、止まらない。構造そのものが“動機”を持ち、自律的に進行するのだ。