老子とストア哲学が教える「振り回されない思考法」写真はイメージです Photo:PIXTA

「他人に振り回されてしまう」。そんな悩みを持ったことはないだろうか。他人の言動や評価は、自分ではどうにもできないにもかかわらず、私たちはそこに心を奪われ、疲弊してしまう。人類の叡智である古代中国の老子や、古代ギリシアのストア哲学は、どのような解を与えてくれるのか。※本稿は、文学者の横道 誠『やっぱり人生を支えてくれる宗教の言葉 二〇〇〇年の叡智から私が学んできたこと』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

真理に近づくために
「水」から学べること

 多くの宗教は一般に平和を求めるため、他者と折りあいながら生きることを肯定している。道教の『老子』(『老子道徳経』)は、中国の春秋時代に老子(前6世紀~前4世紀)なる人物によって記されたと伝えられてきたが、この人は伝説上の存在ではないのか、と疑う研究者もいる。いずれにせよ、『老子』にはつぎのように書かれている。

 一体、最上の善は、水に譬えられる。水というものは、万物に優れた恵みをもたらすだけであって、勝ちを求めて他と争おうとせず、大〔衆〕の嫌がる低い地位に安住している。だからこそ、道に近い存在なのだ。

 ところで、人間が居住するには大地の上が善く、心の持ち方としては奥深いのが善く、つき合う相手としてはまじめな者が善く、政治を執る場合はうまく統治できるのが善く、事業を行う場合は有能な者が善く、行動を起こす場合は時宜にかなうのが善い。以上の大地・奥深さ・まじめさ・統治・有能さ・時宜は、いずれも水のように、勝ちを求めて他と争おうとしないので善いとされるのである。
(池田知久『老子 全訳注』、講談社、2019年:P39)