材木屋時代、工場時代、飲み会の2次会は、馴染みのスナックでカラオケを歌うこともあった。マイクが回ってきたら、昭次は断らず歌った。
「男闘呼組の曲は歌わなかったですけどね。年上の同僚も多かったんで、昔のサザンの曲だったり、小学生の時に聞いたゴダイゴを歌ったりしましたね」
以前の芸能界に身を置いていた日々と比べれば、魅力的なイベントや、驚くような事件が起こるわけではない。ともすれば、“平凡”というひと言で片づけられそうな日々を、くさることも、嘆くこともせず、淡々と丁寧に昭次は過ごした。
「男闘呼組をもう一度見たい」
東山が連れてきた男の熱さ
2014年、昭次が名古屋の工場で働き始め数年が経った頃、東京では運命の出会いがあった。
「今から出てこれないか?健一に紹介したい人がいるんだ」
東山紀之に誘われ、岡本健一(編集部注/俳優。男闘呼組のギタリスト)はタクシーに飛び乗り、指定された六本木のバーに向かった。
店前で降車すると、スーツ姿の男が「こちらです」と健一を店にアテンドしてくれた。
「お久しぶりです」
東山に挨拶し健一が椅子に座ると、アテンドしてくれた男も席に座った。
「おまえ、誰?」
訝しがる健一に東山が言った。
「谷川寛人くん。さっき言った紹介したい人だよ」
スーツの男は、MISIAなどが所属する芸能事務所・リズメディアの社長であると自己紹介し、大きな夢があることを健一に告げた。
「男闘呼組をもう一度見たいんです」
この時、男闘呼組の活動休止から21年、昭次の事件から5年が経過していた。その言葉に健一の直感が反応する。
「こいつとなら、いけるかもしれない」
昭次がソロ活動時代に、「健一にとって振り返りたくない過去」だと思っていた男闘呼組は、健一にとって過去になどになってはいなかった。
「たまにさ、男闘呼組の映像とか、なんかこう急に見たりとかすると、まあ、カッコいいっちゃ、カッコいいなみたいな。バンドっていいよなとかさ。なんか恥ずかしくないなって感じで。で、映像見てると思うわけ。当時、本当に音楽が好きで、男闘呼組が好きで、この4人は集まってたんだなって」
健一が3人と距離を取っていたのには理由があった。







