「おまえら、男闘呼組が嫌だからやめたんじゃんって話なわけよ、俺からしたら。だって、好きだったら事務所に残ってる。
3人がライブハウスで一緒にやってるってことは知ってたわけ。実際、俺も声かけてもらったし。俺だって交ざりたかったよ。でも俺は、事務所に所属している以上、チケット売ってファンの前で演奏するステージには立てない。だから、眺めてるしかなかった。
俺も男闘呼組の復活が、生易しくないことくらいわかってたよ。ただ、(谷川)寛人に出会って思ったんだよね。男闘呼組をもう一度やるなら、間違いなくプロデュースする人物が必要。事務所のことも知ってるし、MISIAのプロデュースもしてる。適任というか、彼以外には不可能だろうなって」
ただ、男闘呼組を再始動させようとするなら、最大の問題は昭次だった。
捜索開始から2年後
昭次から超長文のメールが
2009年の事件以来、昭次は消息不明になっている。現在の連絡先を誰も知らない。もちろん、健一のみならず、高橋和也(編集部注/俳優・ミュージシャン。男闘呼組のベーシスト)も前田耕陽(編集部注/ミュージシャン・俳優。男闘呼組のキーボーディスト)も。唯一、わかるのは、地元の名古屋で暮らしているらしいということだけだった。
ただ、谷川という再始動のきっかけとなりそうな人物に出会った以上、健一にとって男闘呼組の再始動は、簡単にあきらめられるほど軽いものではなくなった。
「さがすか」
健一は谷川に相談し、名古屋のイベンターにも捜索を依頼。昭次の所在を知っている人がいないか、情報を集めた。
しかし、音楽や芸能とは一切距離を取っていた昭次の消息は、1年、2年経っても判明することはなかった。
事態が急転したのは2016年だった。
集英社の雑誌『明星』でかつて男闘呼組を担当していた編集者が、知り合いから昭次のメールアドレスを聞く。ただ、編集者がメールを送っても返信はなかった。それでもその編集者は、和也にも昭次の連絡先を伝えた。
すぐに和也はたったひと言、「昭次、元気?」とメールを送る。
1週間後、舞台『オーファンズ』の公演を終え楽屋に戻ると、昭次からの返信が届いていた。
「元気だよ」
そのひと言で始まるメールは、何度もスクロールを必要とするほど長い長い謝罪が綴られていた。
自分がどれだけ男闘呼組の名前を汚してしまったか。そして、それをどれほど申し訳なく思っているかが延々と書かれていた。
和也は一度たりとも迷惑をかけられたとは思っていなかった。
ただ、この時点で和也は男闘呼組の再始動の可能性を微塵も感じていない。
「事務所を解雇された俺がいる以上、復活は絶対に許されない」(編集部注/素行不良の和也が事務所を解雇されたことをきっかけに男闘呼組の崩壊は始まった)







