和也は事務所を離れてから、昭次や耕陽と「また一緒にやりたいな」と何度も話していた。ただ同時に、絶対に叶わないだろうとも思ってもいた。
事務所を離れて以来、和也は年に数度、決まって同じ夢を見ている。
男闘呼組の4人でステージに立つ。客席は観客で埋まる。しかし、演奏する曲が何も決まっていない。途方にくれるが、観客は演奏が始まるのを固唾(かたず)を飲んで待っている。和也は、なかばヤケクソでベースの弦を弾く――。
その瞬間、夢から覚める。
「絶対叶わないことがわかっているからこそ夢に見るんだろうな」
ただ、そんなことは、今はどうでもよかった。10年近く音信不通だった昭次の無事が確認できたのだから。
昭次とのメールをきっかけに
メンバーの交流が再び始まる
すぐに耕陽と健一に知らせた。
「昭次と連絡取れたぞ!」
以後、メンバー同士の交流は細々とメールでのみ復活した。メールのみだったのは、メールでの返信はあるものの、「明日も朝が早いから」と頑なに昭次が電話に出ることはなかったからだ。
2019年5月、『ロックよ、静かに流れよ』の公開30周年を記念し、特別上映が行われた(編集部注/男闘呼組のメンバーが主演を務めた1988年公開の青春映画。バンド活動をする高校生たちを描いた群像劇で、成田昭次は不良高校生・ミネさ役を演じた。ミネさは物語の終盤にバイクで事故死する)。そこで健一と長崎俊一監督がトークショーを行うことが決まり、そのことを昭次にメールで伝えると返信があった。
「懐かしいね。この映画と男闘呼組のこと誇りに思ってるから、みんなによろしく」
イベント当日、サプライズで健一がギターの弾き語りで『不良』と『LONELY…』を披露。曲間のMCで健一は観客に昭次からのメッセージを伝える前に言った。
「ミネさは死んじゃったけど、昭次、死んでないから!」
健一の生存報告に、歓喜するファン、涙を流すファンが大勢いた。
その光景は、健一の胸に刻まれ、男闘呼組再始動のためのモチベーションに変わる。
特別上映から4カ月後、7月に亡くなったジャニー喜多川のお別れ会が9月4日に東京ドームで開かれることになった。午前と午後の2部制で、午前が関係者の部、午後が一般の部だった。
昭次が一般の部で参列しようと思っていると、健一からメールが届く。
『人生はとんとん―成田昭次自叙伝―』(成田昭次、集英社)
「お別れ会の案内状、送っていい?みんな、昭次に来てほしいって言ってるよ」
関係者として参列するのは恐れ多くはばかられた。それでも、健一の厚意を無駄にはできず、送られてきた案内状の出席を丸で囲み返信、健一にお礼のメールを送った。
「会場で会えたらいいね」
お別れ会当日、昭次にとって10年ぶりの東京だった。
しかし、会場は大勢の人であふれ、健一を見つけることはできなかった。
参列後、仕方なく会場をあとにしようと、昭次は人波に揉まれながら出口に向かって歩き出した。あと数歩で出口という時だった。背後、それもかなり遠くから呼ぶ声が聞こえる。
「昭次!!」
振り返ると健一が、頭上で大きく手を振っていた。







