信藤は自身が手がけたCDジャケットの裏話などを披露してくれることもあった。エンターテインメント界の住人とともに生活すること自体が、昭次にとっては音楽業界にカムバックするためのリハビリのひとつとなった。

ヒレとロースの見分けがつかず
ご飯を炊くのもままならない

 年が明け2021年になると、昭次は社員寮を退寮し、新居に引っ越し母と暮らし始める。

 さらに、リズメディアは東急東横線の都立大学駅近くに『黒豚トンカツさつまやとんとん』をオープンさせ、昭次は同店で働くことになった。

 それは、谷川の昭次に対する心遣いだった。再上京直後から昭次が厨房で働いていた鹿児島郷土料理の店はメニューが多い。それでは昭次の負担が大きいだろうと、谷川が一計を案じた。トンカツ屋ならば品目が少なく、昭次の負担を減らせるのではないかと配慮したのだ。

 当初、「トンカツ!?」と昭次は戸惑うも、年下の店長の元、トンカツ修業を始める。

 家では包丁を持つことはほとんどなかった昭次にとって、まさにゼロからの挑戦だった。まずは東京台東区のかっぱ橋道具街へ赴き2本の包丁を買った。

「僕も不安でしたが、僕より店長のほうが不安だったと思います。50歳をすぎたおっさんが突然やってくる。『この人、本当に大丈夫なのか?』って。認めてもらうしかない。頑張るしかない」

 トンカツの断面にほんのりピンク色を残し揚げるのは至難の技だった。

 トンカツだけでなく、『とんとん』では豚汁、付け合わせの千切りキャベツ、漬物、ドレッシング、ソース、すべてが手作り。その全工程をマスターしなければならない。

 仕入れる薩摩黒豚の肉塊は8キロ。余分な脂や筋を取り除く、掃除と呼ばれる作業は特に重労働だった。ヒレとロースを説明されたものの、切り分け始めると、どっちがどっちなのか、昭次には見分けがつかなかった。

 昭次が出勤すると、最初の仕事は米を炊くことだった。

 ガス釡で大量の米を炊くと、水の加減がわずかに違うだけで、炊き上がった米の硬さが激変した。米がなければ営業はできない。失敗し、炊き直しになったことも何度もある。

 職人の店長は、いつも険しい顔で昭次の炊いた米を「硬いすねえ」「軟らかいすねえ」と評価した。ある日、店長が炊き上がりを確認し、笑顔で言った。

「今日のいいですね。これですよ」

 体験してみないと、わからないことが山ほどあった。