「音楽をするために上京したのではなかったのか?この指は、ギターを弾くための指じゃなかったのか?」
この頃、昭次は耕陽(編集部注/男闘呼組のキーボーディスト・前田耕陽)とよく深夜に電話で話し、「名古屋に帰りたい」とこぼしている。
「帰りゃいいじゃん。無理する必要ねえって」
あえて「頑張れ」とは言わなかった理由を耕陽が明かす。
「いちばんきつい時期だったと思いますよ。ただ、愚痴なのはわかってた。それでも絶対に乗り越えることも」
それを昭次は「プライドだ」と表現した。
5分しか時間がなくても
5分なりの練習はできる
「ギターのために料理が疎かになることも、料理のためにギターが疎かになることも、どちらかのためにどちらかが疎かになるっていうのは違う。それはもう言い訳だから。
自分に対してのプライドというか。僕には男闘呼組の再始動という大きな目標がある。そのために大変なことは、わかってたことじゃないですか、最初から。もちろんメンバーに弱音を吐いたことも、愚痴を吐いたこともあります。
でも、愚痴を吐いたからって何かが変わるわけじゃないことはわかりきってる。だから、心のどこかでいつも思ってました。『愚痴を吐いたなら、吐いた分だけ成長しろよ』って。愚痴をこぼす夜があったっていい。酒を飲んでくだまく夜があってもいい。でも、それを明日、目が覚めたら取り返せよって。絶対両立できるって証明してみろよって」
昼の営業が終わり、夜の営業準備までの約2時間。仕込みを終えると、昭次は寸暇を惜しんで自宅に戻りギターに触れた。
『人生はとんとん―成田昭次自叙伝―』(成田昭次、集英社)
「幸い新居も店から歩いて帰れる距離で。ちょこっとでもいいからギターを触れる。5分でも10分でもやらないよりは、絶対にいい。5分しかないんじゃなくて、5分あるんだったら5分なりの練習の仕方、修業の仕方ってあると思うんですよ。だってまったくやんなかったら何にも生まれなくないですか?」
営業中や仕込み中、何かメロディーが浮かべばボイスレコーダーに吹き込み、フレーズが浮かべば、スマホにメモした。
小林武史、桜井和寿、宮沢和史など数多くのアーティストや、音楽関係者、テレビ関係者も頻繁に訪れている。
コロナ禍だったこともあり、昭次は帽子、マスク、眼鏡をかけて厨房に立った。誰もが、トンカツを揚げているのが昭次だと知ると驚いた。
『とんとん』は、昭次とエンターテインメント業界をつなぐ社交場のような役割を担った。
少しずつ、だが着実に男闘呼組再始動へ向け動き始めた。







