厨房をひとりで回すには
1日12時間労働が必要
昭次は店長の指示を残さずメモし、1日でも早く厨房をひとりで回せるようにしようと奮闘した。
当時、昭次はこんな夢をよく見た。
『とんとん』への出勤中、ふと「あれ!?昨日、豚汁の準備し終えてたっけ?」と疑問が浮かぶ。急いで店へ向かうと準備ができていない。開店時間が迫り、「間に合わない!」と思った瞬間、夢から目が覚めた。
レシピ通りやっても店長と同じ味にはなかなかならなかったと昭次は振り返る。
「タイミングが大事なんですよね。豚汁の味噌の溶かし方ひとつとっても、火加減や温度、少しでも違えば、味に歴然とした差が出る。改めて気づくのも変な話ですが、やっぱり料理は奥が深いなと実感しましたね」
昭次は、店長の味に少しでも近づきたいと、その一挙手一投足を凝視した。
必死の修業の結果、数カ月後には昭次は厨房をひとりで回せるようになる。
しかし、昭次の負担はより増加した。『とんとん』は基本は厨房ひとり、ホールひとりで営業する。
営業開始は11時半。それまでに、昭次はひとりで肉、豚汁、付け合わせの千切りキャベツ、漬物、ドレッシング、ソース、すべて仕込みを終わらせなければいけない。
経験の浅い昭次は、ベテランの職人がかける倍以上の時間をかけることで、その差を補わないといけなかった。
仕込みのために以前より早く出勤し、ランチ営業が終了してからディナー営業が始まるまでの2時間の休憩中も、仕込みの時間に充てた。ディナーの営業を終え、明日の仕込みをすると、12時間以上は店にいることになる。
『とんとん』がオープンするまでは、午前中にギターの練習をみっちり行い、夕方から出勤するのが日課だった。
しかし、『とんとん』が始まり、さらにひとりで厨房を任されるようになると、ギターの練習時間を確保するのが難しくなっていった。
300人分のトンカツを揚げた日は、ギターの練習をしようにも、右手はもう上がらなかった。
昭次は、思うようにギターの練習時間を作ることが難しくなっていった。
ゴボウを切り損ねて
血が止まらずじっと手を見る
ある営業日の開店30分前。昭次は豚汁のゴボウを切っていた。
ゴボウが手元で転がり、昭次は包丁で手を切ってしまう。流れ出る血が止まらず、ティッシュとガムテープで応急処置し、傷口を押さえながら病院へ走り、その場で数針縫った。
縫合を終えるとすぐに店に戻り手袋をして働いた。
指の痛みよりも昭次を襲ったのは別の思いだった。







