診断後の禁煙も重要であり、治療中に禁煙した患者は再発や二次がんのリスクが有意に低い。禁煙は、発症前の「予防」だけでなく、発症後の「予後改善」という意味でも、まさに治療の一部なのである。

治療中に禁煙を始めても
再発リスクを抑えられる

 喫煙ががんの原因になることは、多くの分子生物学的研究が裏打ちしている。なかでも肺がんとの関係を調べた研究は多数あり、著者らが行った全国多施設の前向き研究である「日本分子疫学肺がん研究(JME試験)」でも、がんに関する遺伝子KRAS変異が、喫煙本数に比例して発生していることが証明された。

 KRASという遺伝子は、本来は細胞の「増殖スイッチ」を制御する重要な役割を担っている。ところが、たばこの煙に含まれる発がん性物質がDNAを傷つけると、このスイッチ部分に誤作動が起き、「止まらないアクセル」のように細胞分裂を促しつづける異常な遺伝子(KRAS変異)に変わってしまうのだ。

 たばこの感受性に関しても人種差が存在する可能性がある。

 JME試験と米国の公的臨床研究組織SWOGが行った分子疫学研究であるS0421試験との共同解析では、白人では喫煙による遺伝子変異の発生率が日本人よりも高い傾向が認められた。ただ、そうした傾向はあるにせよ、たばこが肺がんを発生させる原因であることは間違いない。

100回禁煙に失敗しても
101回目に成功すればいい

《煙草をやめるなんてとても簡単なことだ。私は100回以上も禁煙している。──マーク・トウェイン(1835-1910アメリカの作家)》

 19世紀アメリカ文学を代表する作家であるマーク・トウェインは、ミシシッピ川沿いの町に生まれ、若い頃は印刷工や蒸気船の操縦士として働き、南北戦争後に記者として文筆活動を始めた。その後、『トム・ソーヤの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』などの冒険小説を発表して一躍、世界的な名声を獲得した。彼の作品は単なる児童文学ではなく、アメリカ社会の人種差別や貧困といった問題を鋭くかつユーモラスに描き出した点で、社会批評としても高く評価されている。

 トウェインはまた、皮肉や機知に富んだ発言を数多く残したことでも知られる。禁煙についての有名なこの言葉は、愛煙家の彼自身が禁煙に繰り返し失敗した経験を自嘲気味な笑いに変えたものとされ、禁煙の難しさとともに、彼が人間の弱さを受け入れユーモアに昇華させる才能の持ち主だったことも示している。

 多くの人が「やめたい」と思いながら、失敗を繰り返す。それが禁煙の現実である。しかし逆に言えば、これまで紹介した疫学研究が証明しているように、禁煙は100回失敗しても、101回目に成功すればよいのである。

 近年は禁煙外来やニコチン代替療法(NRT)など、社会全体で禁煙をサポートするしくみも整備されてきた。いま、トウェインの言葉は、禁煙の挫折を笑い飛ばしつつも、それでも挑戦をあきらめなかったことのほうに力点を置いて、読み替えられるべきなのである。