また、浅井長政の離反は、将軍・足利義昭が働きかけたからだとする説もあります。義昭は信長と対立を深めつつあり、各地の大名に独自に恩賞を与えるなどして、自身の勢力拡大を図っていました。

 ただし、浅井の離反に直接関与したことを示す確かな史料は確認されていないため、この説は可能性の一つとして考えられているにすぎません。

裏切りではなく、合理的な選択だった

 以上をまとめると、浅井長政の離反は単純な裏切りではなく、恩賞配分への不満、家臣団の意向、織田勢力の拡大への警戒、地理的な安全保障の問題といった複数の要因が重なった結果と考えられます。

 戦国時代においては、自国の存続が最も重要なことでした。その観点から見れば、浅井の決断は十分に合理的なものであったともいえるでしょう。

 結果として、浅井氏は滅亡へと向かいますが、もしこのとき信長が討たれていれば、この判断はまったく違った評価を受けることになったかもしれないのです。

豊臣秀吉(左)と弟・秀長(右)(C)NHK『豊臣兄弟!』より。秀吉(左)は殿(しんがり)を務めたいと信長に申し出る (C)NHK
竹中半兵衛(演:菅田将暉)竹中半兵衛(演:菅田将暉) (C)NHK

 動画ではこの他、「歴史に残らない決断」その他についてお話しています。