AIで長文を量産する人がハマる落とし穴

私がよく利用しているXでも、最近は長文を投稿する人が増えました。しかし、長文の投稿に対して、AIが書いたであろう長文のリプライがつき、さらにそこにAIが「いいね」をつけるという、ほとんど人間が介在していないであろうシュールな光景も見受けられます。

昔は、「読みやすくて筋の通った長文を書く」というだけでも、誰にでもできることではありませんでした。だからこそ、「この人の文章はすごい、読みたい」と思われ、フォローされていたわけです。しかし、誰もがAIを使って長文を書けるようになると、そうした文章はありふれたものになってしまいます。

では、どうすればいいのでしょうか? ただ長いだけの似たような文章には価値がなくなるかもしれませんが、その中で「他の人には書けなさそうな光るもの」――例えば、自分自身の生々しい体験談や、AIには出せない独特の文体、面白い視点などを盛り込める人は、やはりしっかりと伸びています。つまり、AIの登場を前提として、ゲームの「ルール」が変わっただけなのです。

人間は必ず新しい環境に適応していく

ルールが変わったからといって、「私の仕事が奪われるかも」と過剰に恐れる必要はありません。もちろん、一切変わろうとせず、工夫もしないのであれば、仕事は奪われるでしょう。しかし、それはAIに関係なく「私はこのやり方しかしない」と固執している人の仕事が、時代の変化とともに淘汰されていくのと同じことです。

誇りを持って仕事に向き合い、自分なりのスタイルを築いてきたのであれば、AIの登場によってやり方の変更を迫られることはあっても、あなたの働く場所や価値そのものがゼロになるわけではありません。なぜなら、もっと大局的に考えると、人間には「やること」が必要であり、生活のためのお金も必要だからです。

環境が激変しても「どこでも食っていける人」の共通点

ただ教科書的な文章を書くだけの仕事がなくなったとしても、これまで文章を書いてきた人たちは、自分の仕事を確保するために必ず新しい工夫を始めます。違う切り口で文章を書くようになるかもしれませんし、まったく別の仕事を見つけるかもしれません。

今私たちが持っている仕事は、たまたま現在の環境に適応した結果に過ぎません。環境が変わっても、「働きたい」「生きていきたい」という気持ちがある限り、人間は動き出し、最終的にはどこか適切な場所に収まるものなのです。

思い出してみてください。仕事を辞める時、「次に行く場所がないかもしれない」と不安になっても、実際に辞めた後、ずっと仕事がないままの人は意外と少ないものです。久しぶりに連絡をとってみると、別の場所でなんとか適応して、自分に合った環境を見つけて生きているものです。