たしかに今の時代、ずけずけ社会常識や人生訓を説く人は少ない。ましてテレビ番組では皆無だろうが、細木の発言はありがたがって拝聴するほどのご高説ではなかろう。おまけに細木は高みに立って人に道を説く資格や経歴を備えているのか、大いに疑わしい。
自身が細木に運勢を占われた経験を持つ、気学風水の鑑定師である柴山壽子氏はこう証言する。
「1億円の装身具をポンと買うとか、ホストクラブのホストの売り上げアップのため一晩で800万円使うとか、番組でカネ持ちだってことをひけらかしてる。私に言わせれば、それを凄いと思う視聴者もどうかしてる。そのおカネは誰から取ったのか。ご当人の当たりもしない占い本や1回20万円とかいう相談料、法外な額の墓石や仏壇を売り付けた果てのおカネですよ」
ことによると細木数子は現代が抱える低俗性の指標となりうる人物かもしれない。彼女に対する好悪感は二大別されて、中間派は存在しないかのようだ。
嫁に言えないことをズバリ言う
壮年、熟年、老年の代弁者
一方の側には、テレビで大写しされる彼女に対してなんの拒絶反応もなく、耳を傾け、面白がり、よくぞ言ってくれたと頷く人たちがいる。
細木の著書でゴーストライターを務めたことがある人物は言う。
「姑の立場からすれば、細木は自分が嫁に言えないことを言ってくれる。舅にすれば、自分が息子や娘に言えないことを言ってくれる。しかも細木さんは強い突き刺さるような言葉で発言する。
そういう姑や舅にとってテレビに出る人っていうのはオーソリティであり、カリスマ性を持っているってことです。細木さんみたいな人がよくぞ言ってくれたとなって、視聴率も高いんじゃないですか」
細木数子は壮年、熟年、老年の代弁者という位置づけである。
『細木数子 魔女の履歴書 新装版』(溝口敦、講談社)
他方、細木数子に対して生理的なまでの嫌悪感を示す人たちがいる。テレビ画面に彼女が映ろうものなら、塩でも撒まくようにしてチャンネルを切り替えるか、スイッチを切る。
おそらく嫌悪派は物言わぬ多数派のはずだが、細木数子を受容するか、拒否するかはその人が人生の何に価値を置くかを見分けるリトマス試験紙になり得る。
細木が体現するのは人生はカネ、奢侈は美徳、この世は上手な世渡りで愉快に暮らす、負け馬を踏み台に勝ち組になるのも勝手、といった生き方だろう。殺伐とした弱肉強食の論理にちがいないものの、グローバリゼーションの美名の下、現に進行している赤裸な資本主義の庶民レベルの先駆といえるかもしれない。







