当時は1987年か88年で、彼はソビエト連邦を封じ込めるだけでは不十分であり、ロールバック(※敵勢力の拡大を防ぐ「封じ込め」に対し、敵の支配地域を奪還して勢力圏を押し戻す強硬策)戦略を持つ必要があると言っていました。
もし彼を責任者にすれば、彼は翌日には戦車を送り込むでしょう。彼は核戦争を恐れていませんでした。ですから、彼は狂った人でした。そして私はそれに賛成しているわけではありません。
核戦争はひどいものだが
「不当な平和」に傾く懸念も
しかし、彼は「危険な人物」ではありませんでした。誰も彼の言うことを聞かなかったからです。
彼は私に話しかけていました、私は20歳でした。彼が私に話していたのは、彼が誰にも相手にされていなかったからです。彼はすでに完全に狂った人として周辺化(マージナライズ)されていました。
そして、彼女の重要性を誇張したくはありませんが、グレタ・トゥーンベリさんのような人は、かつてのエドワード・テラーよりもはるかに強力です。
不当な戦争、核戦争がひどいものであることは認めましょう。しかし、もし誰もがそれを心配し、それを避けるためにあらゆることをするのであれば、私は確率が逆の方(「不当な平和」への屈服)に大きく傾いているのではないかと心配します。
私の考えを、現在の地政学的問題に実際に当てはめてみることで、話を締めくくりたいと思います。
第三次世界大戦に向かっているのか
第二次冷戦に向かっているか
私たちは、第三次世界大戦に向かっているのでしょうか、それとも第二次冷戦に向かっているのでしょうか。そして、私たちが過去を振り返るなら、私がお示しできる4つの異なる象限(※「正義か不当か」「戦争か平和か」)のようなものがあるかもしれません。
第一次世界大戦は狂気の戦争でした。なぜ戦っているのか誰も知らず、理由もなく何百万人が死にました。あれこそが「不当な戦争」でした。対照的に、第二次世界大戦において連合国がヒトラーに立ち向かったことは正しかったと私は主張します。あの戦争は「正義の戦争」でした。
そして、最初の冷戦において、私たちは一発の銃弾も撃たずにソ連の共産主義者を打ち負かしました。完璧な平和ではありませんでしたが、「正義の平和」に近いものを手にしました。
そこで問いとなるのは、この「第二次冷戦」が、これまでの3つのケースでは探求されなかった第4の可能性、私が「不当な平和(アンジャスト・ピース)」と呼ぶものに向かっていないかということです。







