不当な戦争としての第3次世界大戦の確率は、おそらく20%未満でしょう。しかし、心配なのは、第3次世界大戦がいかに壊滅的であるかを誰もが知っているがゆえに、それが私たちを「いかなる犠牲を払ってでも平和を」という方向へとあまりにも強く押しやっていることです。
そのような状況下では、その「平和」の中身について深く考えなくなってしまいます。私が恐れているのは、私たちが「不当な平和」――これまでお話ししてきた3つのケースでは一度も選ばれなかった、第4の結末――へと向かっている可能性が60%ほどあるのではないかということです。
不当な平和とはどのような姿をしているのでしょうか?
中国との間に抱える
「不当な平和」に適応してしまった
ある意味では、それは現在の延長線上にあります。私たちはすでに中国との間に不当な平和を抱えています。それは不可能なヘーゲル的な矛盾の融合です。半分は奴隷で半分は自由、資本主義でありながら共産主義、民主主義でありながら全体主義という融合です。
西側諸国の様々な政党は、この種の不当な平和に適応してしまいました。ブッシュやロムニーのような、より保守的な共和党は、企業の四半期収益に固執し、中国で何が起きているかについてあまり多くを問わないことで、ある種の利益を上げています。
そして、アメリカやヨーロッパ、あるいはその他の場所における中道左派の民主党や労働党は、かつては「労働者の党」でした。
彼らは本来、賃金や労働基準を切り下げ、仕事を奪う中国のような経済超大国と激しく戦うはずでした。しかし今日、それら中道左派の政党は、「福祉受給者の党」へと変貌してしまいました。
安価な中国製EVを乗り回す
欧米の高齢者たち
その多くは、中国における(奴隷労働に等しい)労働力なしには維持できないほどの社会支出に依存している高齢者たちです。彼らは、自国の労働者の仕事と引き換えに、引退した高齢者たちが田舎を走り回るための、安価な中国製電気自動車を手に入れているのです。







