フロントマンの藤原基央は、筆者の取材に対し、創作の原点をこう語っている。

「小学生の時にテレビで『天空の城ラピュタ』を見たんです。ハラハラドキドキしながら見ていて、気付いたらエンディングになっていた。終わったら、急に日常の現実が戻ってくるんですね。

(中略)そこでパズーやシータがその後にどういう日々を過ごしていくのかを想像したんです。『ドラクエ』や『FF』をクリアした時にも同じことを思いました。彼らにはその後の物語がきっと存在する。でも、それを知るすべは自分にはない。じゃあ、俺は作る人になればいいんだと思ったんです。そうすればこの寂しさを感じなくて済む。そこから、漫画家か、ゲームを作る側にいたいと思った。最初の夢がそれでした」(Yahoo!ニュース特集「『歌う先に“あの日の俺”がいる』BUMP OF CHICKEN藤原基央の創作の原点」2019年7月12日掲載)

アニメ作品に込められた思いを
すくい上げる藤原基央

 音楽との出会いもゲームやアニメが入り口だった。

「自分が『この曲、いいな』と思って聴いていたものの記憶をたどっていくと、最初はゲーム音楽なんですよね。『ドラクエ』や『FF』だった。あとはアニメの主題歌ですね。子ども向け雑誌の付録でアニメの主題歌がまとまってるカセットテープがあって、死ぬほど聴いていた。すごく大きかったと思います」

 こうしたルーツは、彼がタイアップに向き合うときの制作姿勢にもつながっている。藤原は主題歌制作の方法論をこう語っている。

「僕は今回に限らず、主題歌のオファーをいただいたときに作品のストーリーを見て作っています。それは自分が主人公になりきるとか、ストーリーをなぞって曲を作るというわけではなくて、その作品の色や込められた思いに自分たちの表現したいことが重なるところがあるだろうかって考えるんです。

『ヒットの復権』書影ヒットの復権』(柴 那典、中央公論新社)

 そして、重なったところを過不足なく言葉と音で表現する。結果、できあがった曲が僕らの曲でないといけない。そういう活動をずっとしてきたし、そういうものを望んでオファーをくださることを信じている。その意識は曲げずにやっていますね」(音楽ナタリー「映画『寄生獣 完結編』BUMP OF CHICKENインタビュー」2015年3月30日掲載)

 ここで藤原基央が語っていた「作品の色や込められた思いに自分たちの表現したいことが重なるところを探し、そこを言葉と音で表現する」という姿勢は、今、アニメ主題歌を手掛ける多くのJ-POPアーティストに受け継がれている。米津玄師を筆頭に、BUMP OF CHICKENの影響を公言するアーティストは少なくない。

 BUMP OF CHICKENは、アニメに対する深い愛情とリスペクトを持ったバンドだった。そして藤原基央は、主題歌タイアップに向き合う際の「作法」を示したソングライターだった。

 2020年代の「アニメとJ-POPの蜜月関係」の源流として、真っ先に挙げられる存在がBUMP OF CHICKENなのではないだろうか。