両国の声明が一致しない理由

 会談後の両国の声明を並べると、意外なほど一致していない。

 中国側は「ライバルではなくパートナー」「共通利益が相違を上回る」と協調ムードを演出するが、アメリカ側は農産物の購入拡大、原油の購入、フェンタニルの阻止など、数値で検証可能な具体的要求ばかりである。つまり、中国は実質的な成果がなく、美しい言葉で成果を誇っているだけのように見える。

 台湾問題でも同じ構図が現れた。

 習主席は「誤った対処をすれば衝突につながる」と警告し、新華社が即座に世界へ配信した。ところが、このことに対するアメリカ側の反応は報道されず、ホワイトハウスは何も反応しなかった。ルビオ国務長官が「自国の立場を述べて次の議題に移った」と一言で片付けただけである。

 これは何を意味するのか。本当に不意打ちだったら、アメリカ側から何らかの反論声明が出るはずである。それがなかったということは事前に台本ができていたと考えるのが自然だ。

 なお、アメリカから台湾への武器供与については、米議会で今年1月に承認されており、トランプ大統領のところで止めた状態にある。今回の首脳会談で何か影響があったわけではなく、少なくともイラン問題と中間選挙が片づくまでは外交カードとして保持するつもりだろう。

 これらは、アメリカ側が習主席に「花を持たせた」演出であり、ルビオ国務長官が直後に「しかし線は守る」と上書きする役割分担だったと見るべきだろう。中国が大々的に配信した「異例の警告」は、アメリカ側の議事録では一行に圧縮された「ベタ記事」である。

 習主席が「ツキディデスの罠」に言及したことも失敗だった。ツキディデスの罠は政治学では「新興国が覇権国に挑むことで紛争が起こる」という比喩だが、米中のどちらが「新興国」と世界に認識されているかは言うまでもない。

 習主席としては明・清代の遺産を見せ、「新興国はアメリカだ」ととどめを刺したかったのであるが、この物言いこそがまさに新興国の「挑戦者」のものである。習主席は「中国4000年の歴史」を外交カードに使いながら、同時に「建国100周年(2049年)までに世界一流の国家に」という目標を掲げている。建国年数から言って新興国は中国であり、中国自体もそれを認めているのである。

 習主席がこのような浅薄な言葉の攻撃を仕掛けた背景には、「それは避けたほうがいい」と諫言できる側近を失っていることが大きい。習主席は対米外交では、もはや「裸の王様」のように思えてくる。