ご近所づきあいのためのホームパーティにも手を抜きません。バグダッドに嫁いだ末娘が病気になれば、婿は頼りにならないからと自ら出向いて采配をふるいます。

 まさに最強のコンサバ主婦です。ジョーンは、自分が完璧な妻・母であると信じて疑っていません。

完璧な主婦であるほど
家族との溝が深まる

 ところがイギリスへの帰途、砂漠のまんなかで数日間足止めをくらったジョーンは、つれづれなるままに家族との関係を回想しはじめます。

 駅まで見送りに来てくれた夫のロドニー。激務のせいか、疲れ切っているように見えた。それなのに汽車が動き出したら、やけに軽快なステップで歩いていたような。

 私がいなくなってうれしい?いや、そんなはずはない。夫の経済的成功を導いたのは私なんだもの。子どもたちだって、私のことを愛しているに決まってる。反抗していたのは、むずかしい年ごろだったから。私はいつだって、人のことばかり考えてきた。

《自分のことなんて、ほとんど考えたことがないくらいだった。いつも子どもたちのことや、ロドニーのことばかり考えて暮らしてきたのだ。》

 ジョーンの回想が進むうちに、読者は気づきます。彼女は夫や子どもたちの職業選択や交遊関係まで支配しようとして、家族に敬遠されていたということに。

 本作は勘違い主婦ジョーンを断罪する小説ではありません。そもそもこれほどパワフルに尽くせる主婦はめったにいないでしょう。

 ジョーンは社会が既婚女性に求める「建前」としての理想を完璧に体現する、概念的な登場人物といえそうです。

 完璧ならざる私たちは彼女の苦悩を読んで、社会が刷り込む理想の既婚女性像の危うさをかみしめることになります。

お金、地位、名誉を得ることが
幸せだと勘違いしてしまった

「他者を優先して自己を犠牲にするのが正しい女の生き方である」というジョーンの行動原理は、規律の厳しい女学校で仕込まれたものです。優等生だった彼女は、それ以外の価値観を知りません。