自分の欲求を直視し、葛藤するなかで自身の価値観をはぐくむ機会がなければ、お金、地位、名誉といった世間のものさしでしか人を測れなくなります。
家族を最優先しているはずの彼女が、夫や子どものやりたいことを無視して世俗的な成功を押し付けるのも、無理はありません。ジョーン自身、やりたいことを自由に追求する楽しみを知らずに生きてきたのですから。
そのことは、ジョーンとロドニーの会話からもわかります。
《「一種の奴隷じゃないか、彼らは。我々の与える食物を食べ、着せるものを着、我々の教えこむことをしゃべる。我々の与える保護の、代償としてね。しかし子どもたちは、日一日と成長し、それだけ自由に近づくのさ」
「自由ですって?」とジョーンは軽蔑的にいった。「そんなもの、いったい、この世の中にありまして?」》
《「幸せ、幸せって、誰も彼もまるで一つ覚えのようにいうのを聞いていると、わたし、何だかじれったくなってきますのよ。(…)幸福が人生のすべてではありませんわ。世の中にはもっと大切なことがあるんですもの」
「たとえば?」
「そうね──」とジョーンはちょっとためらった。「たとえば義務ですわ」》
ジョーンにとって、人生とは幸せを追求するものではなく、与えられた義務を果たしていくものにほかなりません。
自分の人生を生きたことがないジョーンにとって、家族に尽くしてコントロールすることだけが、自尊心を満たす唯一の手段でした。その意味で、完璧主婦であるジョーンは、家庭内においては確かに権力者なのです。同時に、被害者でもあります。
狭い価値観に閉じ込められたジョーンの不幸をわかっている家族は、言い争いではなく距離をおくことで、「かわいそうな」ジョーンに対処しています。
家族が安泰な人生を過ごせているのは、彼女の献身のおかげなのは事実なのです。ただ、負い目を感じさせるジョーンの存在は、家族にとって疎ましいものになっていました。







