制作者間のイメージの差異に起因する改変のみならず、男性キャラを女性キャラに変えるといった、ズバリ「改変」もあります。これも餅は餅屋の考えで、そのメディアにおける最適解を狙った結果であれば、許容してよいと思いますが、原作者としてどうしても受け付けないものは、再考を求めるしかありません。

 原作者が「私の原作を尊重してくれ」とだけ言って、相手の求める助言や判断をしなかったり、途中はフォローしていなかったのに、仕上がりを見て「原作と違う!」と激高するのは、不誠実としか思えません。

 原作者として譲れない部分を最初に明確にして、1つずつ確認と合意を繰り返していくしかありません。気になるなら、逐一合意書を交わすビジネスライクなやり方でも構わないと思います。

 いずれにしても後出しじゃんけんで文句は言わないこと。ちゃぶ台返しや、コミュニケーション不足は、大人として駄目でしょう。この点、今まで作家は甘やかされてきたと感じます。

 そして改変箇所等に納得できないのであれば、最初から断ればよいのです。その権利は、著作権者のあなたにあります。無理にメディア化しなくていい。たとえ編集者がいくら勧めようとも。

 逆に、メディア化を受け容れる以上、100パーセント自分の思い通りにはできませんし、また、そうするべきでもありません。餅は餅屋の精神で、敵対関係ではなく協力関係を築きましょう。

強すぎるこだわりは
作家の寿命を縮めるだけ

 ちなみに、餅は餅屋は、メディア化だけに限った話ではありません。よく考えれば、作家の隣にいる編集者も餅屋です。挿絵や装丁のことなど、書籍制作における原稿以外の部分は、編集のプロの意見に任せましょう。タイトルについても、作家なりの案を出しつつも、編集者の強い勧めがあるなら、そう意地を張らずに折れてみるのもいいと思います。

 私の作品では、『じんかん』のタイトルや単行本の装丁は自分では思いもよらないものでしたが、結果として代表作の1つになりました。

 メディアミックスにしても書籍の装丁等にしても、作家が頑固になって、結果売れなかったら、「ほらね。お前が要らんこと言うからや」と思われてしまいます。餅は餅屋と心得て、結果が出なかったら餅屋のせいにするくらいの方が、精神衛生が保たれるのではないでしょうか。それに、仕事ができる餅屋と付き合っていれば、餅屋はしっかりとよい案を提案してくれます。

『作家で食っていく方法』書影作家で食っていく方法』(今村翔吾、SBクリエイティブ)

 売れている人ほど、メディアミックスにも上手く付き合っている印象です。かつての失敗を経て、うまく付き合えるようになったという側面もあるとは思いますが。

 結局、メディアミックスについても、肝になるのは、プライドとコミュニケーション能力の問題です。

 なお残酷な現実としては、声をかけやすい作家、声をかけにくい作家の噂は流れるでしょう。「難しい人」という評価は、作家のキャリアに影響を及ぼすとは思います。

 できれば仕事がしやすい相手とやりたいのは、どこの業界でも変わらないことです。難しい人なのに売れている人は、手間以上に売れるから、出版社もとことん付き合う価値を感じているのです。売れないのに難しい人は、消えていくだけです。