そのとき、傍らにいた男性の先生がいちばん前の席の子からさっとプリントを受け取って、後ろの子に渡したのです。本当に何気ない一瞬でした。

 先生も親切心でやっただけ、というところでしょう。

 しかしこれは本来、「受けとる当事者が自分の前の席の人の様子を見て、自分で判断して、席を立ってとりに行く」と教え、子どもが自ら気づくようになることが正しいはずです。なぜなら、社会に出てもそう判断できるよう大人が教えたいからです。

生徒1人ひとりに向き合えば
閉ざした心を開いてくれる

 その教室は、「いつも教室全体の雰囲気が悪いのだな」と感じさせる光景が他にもありました。より多くの人数でのグループディスカッションに移ったときのことでした。

 男子は男子だけ、女子は女子だけで集まって話していたのです。

 多くの荒れている学級に見られる傾向です。教室という世界の中で、クラスメイトの話を聞く、話すという学習をしていないから、異性もそうですが多様な人との接し方がわからないのです。これは学級が、1人ひとりの個性がある「集団」ではなく、ただ集まっている「群れ」である証のひとつでした。

 とはいえ、「グレーのシャツの男の子」はふだんにない「好きに教室を動いていい」「誰とでも話していい」という私の飛び込み授業の形式に関心を持ってくれていたようでした。

「象さんが悪いと思う人」「ねずみさんが悪いと思う人」のグループで話し合ったあと、彼を指名してみたのです。

「はい、はい」

 彼はどうしても「ねずみが悪かった」という意見を答えたかったようで、強くアピールするような挙手をしてきました。

 私は必死に挙手する「グレーのシャツの男の子」にユーモアを交えて言いました。

「いままでの君は、ねずみだったよね。先生やみんなを困らせていたもんな。もう、そんなことはしないよね。約束できるんだったら指してあげる」

 この場面を見たこの学校の先生たちは、男の子のその姿に涙したそうです。

 私は彼の発表後に、「ねずみと象」の話を活用しつつ、授業を通して伝えたかった内容を話しました。

「悪いと思っていなくても、結果的に相手に大きな迷惑をかけるということがあります。これを結果責任と言います」