それに今は無縁社会になりつつあり、子どもが親の死にかかわらないことも多くなりましたし、そもそも家族がいない人も増えました。だから、あなたが「親をどうしても愛せない」「親の看取りには立ち会いたくない」と思われているなら、それでも大丈夫です。
私たち医療職や介護職が患者さんを愛しています。その人たちの愛に身を委ねて、きっと親御さんは旅立てることでしょう。
最期の瞬間に立ち会わなくても
お別れはできる
そして最期の時について大切で、もう1つ知っておいていただきたいことがあります。それは、「最期の時に、そばにいる必要はない」ということです。
なぜかというと、そもそも人がいつ旅立つかということは予想が難しいからです。
亡くなりゆく人にお別れができているのなら、最期の時「だけ」にこだわらなくていいと私はお伝えしています。
お別れができている状態とは、何も泣きながら死ぬ時に「お母さん、大好きだよ。ありがとう」と伝えるようなビューティフルストーリーでなくてもいいのです。
関係のよくない親なら、なおさらそれができない場合もあるでしょう。
・久しぶりに会って「お母さん、ありがとう」と小さい声だが言えた
・渋々ながらも父親に会いに行って、心の中で「今はちゃんと生きているよ」と報告ができた
・会いにいき、「この人も、1人の人間だったのだ」と思えることができた
『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(岡山容子、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
などであっても、あなた自身にある程度の納得感があるなら、それは十分に「お別れができた」といえるでしょう。
もしも、看取りが見えた段階で、「お別れができていない」とおっしゃる場合には「きちんとお別れをしてください」とはお伝えしたいです。
でも同時に、「最期の時はそばにいて」という言葉から解放されてほしいとも思っています。
これは「最期はそばにいてはいけない」ということを言っているのではありません。
「そばにいてはいけない」「そばにいなくてはならない」ではなく、「そばにいてもいい」「そばにいなくてもいい」なのです。







