作家は書店の“大変さ”を
知らないという焦燥感
きのしたブックセンターの事業を引き継ぎたいと思った発端は前述の通り、おばあちゃんと女の子が買い物をしている様子を見たことでした。ただ、そういう衝動的な理由とは別に、前々から私のなかで積もっていた思いもありました。
それは、「もっと書店について知らなあかん」という焦燥感です。自戒の念も込めて言うと、私たち作家は、気軽に「書店さんは大変」と言いがちです。書店さんの経営は大変だ、書店さんは今厳しい……などなど。
ある時、業界外の人にそう話したところ、「それで、どのあたりが大変なんですか?」と聞かれました。私はその時、2つか3つしか理由を答えられなかった。それがすごく恥ずかしかったし、書店さんのことをよくわかっていない、そもそも詳しく知らないことに気づかされた。自分はもっと書店について学ばなあかん、本を読んで知識を身につけることはもちろんだけど、本当の大変さを知るためには、自分で一からやるしかない、そう思うようになっていきました。座学と実践をダブルでやる必要があると思っていたところに、降って湧いたように舞い込んできたのが、きのしたブックセンターの事業承継の話だったわけです。
小説の執筆時間を削ってまで
書店経営に挑戦した理由
ただ、書店を経営すると、当然ですが、小説の執筆時間は削られます。しかし、私は小説家としてのキャリアを継続するためにも、新しい事業に挑戦することが必要だったと考えています。
友人から、きのしたブックセンターの事業承継の話を持ちかけられたのが2020年のこと。2017年にデビューして脇目も振らずに書き続け、すでに3年が経過していました。私は当時、もう勢いだけで書けるフェーズを抜けていました。椅子に座っていれば書ける、物語が勝手に湧き出てくる、そういう段階は終わっていたんです。
『書店を守れ!』(今村翔吾、祥伝社新書)
だから、作家として書き続ける“燃料”を補給する必要があった。おそらく、多くの作家が、同じ状況を経験していると思います。そこで、家族と過ごしたり、趣味にのめり込んだり、海外旅行に行ったり、馬主になったり……作家によりけりですが、さまざまな生きがい・やりがいを組み合わせて、「書く力」を蓄えていくのでしょう。
私の場合は、それが書店経営であり、事業に取り組むことだった。きのしたブックセンターを引き継いだ時は、作家であり続けるために何かを必要としていたタイミングだったのです。
熱心な読者のなかには、「書店の経営はスタッフに任せて、はよ新作書いてくれ」と思っている人もいるかもしれませんが、これは話が逆で、書店の経営をしていなかったら、私は何も書けなくなっていた可能性すらある。少なくとも、現在書いているような小説は書けなかったでしょう。







